【あさが来た】五代友厚の北海道新事業は「開拓使官有物払下げ事件」がモデル

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」第15週(1月15日〜)より。五代が携わり、後に大騒動に発展していく「北海道の新事業」についてまとめます。このエピソードは、史実の事件に基づいています。

北海道の新事業 あさにも協力要請 

明治14年(1881年)のこと。

加野屋を訪ねた五代友厚(ディーンフジオカ)は、あさ(波瑠)や榮三郎(桐山照史)に「北海道開拓の事業」について協力してもらいたいと誘います。五代はこれを大阪商人の力を見せつけるいい機会だとして、熱い勧誘を行ないます。

官有物払い下げが大騒動に発展

明治4年(1871年)に国力増強を狙い大規模な予算で開始された「開拓使十年計画」でしたが、期限が迫りながら成果が出ていませんでした。そうした流れの中で政府の古い仲間から協力を要請された五代らが、会議所の仲間たちと立ち上げた「カンパニー」で事業を買い取り、一連の事業を引き継ごうとしていました。

五代は北海道の政府払い下げの土地を損を覚悟で買い取ろうとしていたのですが、これが法外に安い値段での取引だと報じられ、五代に「黒い疑惑」がかけられてしまいます。大阪商人や世間らがこれに反発して大騒ぎとなり、ついに物件払い下げは中止に追い込まれてしまいます。

史実「開拓使官有物払下げ事件」

この一連のエピソードは、明治14年の「開拓使官有物払下げ事件」がモデルになっています。

当時の北海道開拓使長官だった黒田清隆は、「開拓使十年計画」の期限が迫り、成果が出ていなかった北海道諸事業の官有物(10年で1400万円の巨額予算を投入。官船、農園、鉱山、ビール工場など不動産を中心に多岐に渡る)を、同郷の五代友厚らが経営する「関西貿易商会」に払い下げようとしました。

この時、黒田は開拓事業が赤字だったことなどもあり、一連の払い下げ費用を無利息30年賦の39万円という破格の条件に設定していました。

やがて払い下げ計画が新聞にすっぱ抜かれると、薩摩閥の官僚と政商が結託しているとして、世論や政府内部から批判が噴出。結局、払い下げは中止に追い込まれてしまいます。

この騒動が「明治十四年の政変」のキッカケとなり、前大蔵卿・大隈重信(払い下げ中止を目的に、薩摩に対抗すべく大隈が情報を漏らしたと疑われた)が政府から追放され、国会開設の詔勅が行なわれています。

ますます大阪経済のために邁進することに

話をドラマ「あさが来た」に戻します。

大阪で大騒動となる中、北海道から戻って来た五代は、大阪商法会議所会頭の座から辞任することを発表します。

同時に五代は、一連の行動が決して私利私欲によるものではないことを訴え、あさや新次郎(玉木宏)、榮三郎(桐山照史)の後押しも受けて、何とか大阪商人たちの理解を得ることになります。

この騒動を経て、五代はますます「大阪経済の発展のために」自らの身を捧げることを誓うのでした。

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