広岡浅子と信五郎(あさ、新次郎のモデル夫婦)どちらが長生きした?【あさが来た】

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」2月20日(土)放送回より。

萬谷(ラサール石井)に刺されて危篤状態にあったあさ(波瑠)に対し、夫の新次郎(玉木宏)が「わてより先に死ぬことだけは、金輪際許さへん」と涙ながらに訴える場面がありました。

この記事では、上述の印象的な場面のやり取りまとめと、史実のモデルである広岡信五郎・浅子夫妻が実際にはどちらが長生きしたのか、などについてまとめます。

「先に死ぬことだけは金輪際許さへん」

2月20日(土)放送回では、病院のベッドで長らく危篤状態にあるあさを見て、新次郎がこれまで堪えていた想いを吐き出す場面がありました。以下、セリフ抜粋。

新次郎「あさ…どこにも行ったらあかんで。わてな、知ってる思うけどあんたに惚れてます。あんたのすることなら何でも応援してあげる。何にも怒らへん…。」

新次郎「せやけどな、わてより先に死ぬことだけは金輪際許さへんで…。わて置いて逝ったら許さへん!」

新次郎が泣きながらそう言うと、その想いが通じたのか、あさは「まだ…まだ死にとうない…」とうなされ、長い眠りから目を覚まします。

浅子と信五郎 どちらが長生きした?

あさが何をしようがまったく怒らない新次郎ですが、唯一許さないのが「わてより先に死ぬこと」。恐らくこの「先に死ぬな」というセリフは、夫婦の未来、今後を暗示する「前フリ」ではないかと思われます。

事実、白岡新次郎・あさ夫婦のモデルとなっている広岡信五郎・浅子夫婦においては、夫・信五郎が先に亡くなっています(1904年に64歳で死去)。

浅子が亡くなったのはそれから15年後の1919年(大正8年)のことで、腎臓炎により東京・麻布材木町(現・六本木)の別邸にてその生涯を閉じています(数えで71歳)。浅子は信五郎が亡くなったことを機に娘婿の恵三に事業を譲り、その後、晩年まで教育、社会貢献事業に没頭しています。

「あさが来た」においても、物語最終盤あたりで新次郎が亡くなる「別れの場面」があるのではないかと予想します(※あくまで予想です)。

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