【あさが来た12月8日】「さっぱりぽんや!」新次郎らが断髪

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」12月8日(火)放送分より。新次郎(玉木宏)らが髷結いをやめてバッサリと散髪し、あさが驚く場面が描かれました。この記事では、当時の「断髪事情」について簡単にまとめます。

五代、忠興らはすでに断髪済

「あさが来た」ではこれよりも前(明治4年頃)に、五代友厚(ディーン・フジオカ)、今井忠興(升毅)、今井忠嗣(興津正太郎)がすでに髷をやめて断髪し、西洋風の髪型にしていました。

髪型を自由にしてよい!「断髪令」

これは明治4年(1871年)8月に太政官によって出された「断髪令」(正式には散髪脱刀令=さんぱつだっとうれい)に従ったものです。「散髪脱刀令」は「散髪脱刀勝手たるべし」として、髷結い(ちょんまげ)以外の髪型の自由が認められたことに加え、華族、士族が刀を差さなくてもよいと取り決めたものです。

この「断髪令」は、断髪を強制する御触れではなく、あくまで髪型を自由にして良いというもの。そのため、断髪令が出された後しばらくは髷のままだった人も多く、明治6年(1873年)に明治天皇が散髪をして以降、これに従う人が官吏を中心に増えたとか。

「あさが来た」では、五代、忠興らがいち早く断髪をしており、「新しい時代」に素早く順応した人が、早い段階で断髪を行なっているといえます。

新次郎に心の変化?新しいモノを取り入れる

加野屋のメンバーは、断髪令後も江戸時代から変わらずの「ちょんまげ姿」のままでした。

しかし12月8日の放送分では、何を思ったのか新次郎が「西洋のものでも良いものは取り入れたほうが良い」と考え、榮三郎(桐山照史)、雁助(山内圭哉)らを連れ出し、バッサリと「断髪」を行ないます。新次郎としては、妊娠したあさが「鬢付け油のニオイ」を嫌がったことから、それを気にしての決断だったのかも知れませんね。

この場面が明治9年(1876年)あたりのことですから、「断髪令」が発せられてから5年の歳月が流れていたことになります。

さっぱりぽんや!

新次郎、榮三郎、雁助の散髪した姿に加野屋の面々は戸惑い、大騒ぎ。あさはといえば、新しい時代を感じる髪型に「なんてこと!さっぱりぽんや!」と嬉しそうな表情を浮かべていたのでした。

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