【あさが来た1月5日】商法会議所開設の「意外な立役者」は誰?

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」1月5日(火)放送分より。五代友厚(ディーンフジオカ)が推し進めて来た「大阪商法会議所」開設の意外な立役者についてまとめます。

この日の放送では、その「立役者」がやってきた場面で思わせぶりに終わり、誰なのかわかりませんでしたが…。

あさと五代 久しぶりの再会

明治12年(1879年)の年明け。大阪の寄合所に集まった五代やあさ(波瑠)、大阪商人たちは、そのまま三味線のお師匠・美和(野々すみ花)の店へとなだれこみ、新年の宴を催します。五代とあさは大久保利通(柏原収史)が暗殺された時以来の再会でした。

五代はその後、大阪商法会議所をつくって会頭となり、大阪株式取引所を盛大に開業させるなど、目覚ましい活躍を続けていました。「これも全部、五代様のお力だす」と改めて感心するあさに対し、五代は「それは私だけの力ではないんです」として、意外な話を始めます。

商法会議所の開設に当たり、当初は大阪の皆に反対されたという五代。しかしその考えをすぐに理解し、陰で大阪商人たちに広めてくれた「立役者」が居たというのです。その「立役者」がガラガラッと店に来店したところで、この日の放送は終了しました。

商法会議所開設の意外な立役者とは

この日の「あさイチの受け」では、有働アナや柳澤解説員がその人物を「福沢諭吉?」「坂本龍馬?」などと予想していましたが、正解はあの「新次郎」です。新次郎は持ち前の社交力(飲みニケーション?)を活かし、いつの間にか大阪商人たちとの間に太い信頼関係を築いていたのです。

これまで新次郎を「不甲斐ない男」だと感じていた五代でしたが、この一件から次第に新次郎を男として認めていくようになります。

広岡信五郎もビジネスマンとして目覚める

新次郎の実在のモデルである広岡信五郎も、当初は謡曲遊びに没頭していましたが、やがて遊び仲間たちと尼崎紡績会社(後のユニチカ)を設立するなど、ビジネスマンとして頭角を現していきます。

「あさが来た」の新次郎もまた、妻・あさとは違うやり方で、ビジネスマンとしての才能を開花していくことになりそうです。

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