【あさが来た】明治11年、あさ東京初出張 原作では明治元年に東京へ

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」第13週(12月21日〜)は「東京物語」の週タイトルどおり、あさ(波瑠)の東京での見聞が描かれます。

ドラマ上ではこれがあさの「初東京出張」となりますが、原案「小説 土佐堀川」ではこれより以前に東京を訪ねるシーンが描かれています。ドラマと原案との「初東京」の違いをまとめます。

明治11年 文明開化の東京

ドラマであさが初めて東京へやってきたのは、明治11年(1878年)のこと。あさは東京の地で大久保利通(柏原収史)や福沢諭吉(武田鉄矢)らと出会い、見聞を広めます。

明治11年の東京では、日本で初めて電燈(アーク灯)が点灯され、上野博物館が起工、東京・横浜間では鉄道の複線が完成しており、あさは「文明開化」の中心地・東京で新しい時代の風を体感します。

ドラマ上ではこの時が東京初見参となるあさですが、ドラマの原案「小説 土佐堀川」ではそれよりもだいぶ前、ちょうど維新前後の時期に広岡浅子が東京を訪ねるシーンが描かれています。

明治元年 毛利友信を訪ね品川へ

「小説 土佐堀川」によれば、あさのモデル・広岡浅子が初めて東京へとやってきたのは慶應4年(=明治元年。1868年)頃のことで、ドラマよりも10年ほど早いことになります。この年の4月に江戸城が無血開城し、7月に「江戸」から「東京」へと改称されています。

あさは銀目廃止、大名貸しの焦げ付き等により窮状に陥っていた加島屋の借金返済弁明のために、東京・品川の貿易商・毛利友信の屋敷を訪ねています。浅子は深川にある三井家の別荘を宿とし、なかなか会ってくれない毛利を日参。ついには返済を無利息で据え置くという好条件を取り付けます。

奈良の豪商・玉利友信

この毛利友信との交渉の場面は、ドラマでは第4週(10月24日放送)で、奈良の豪商・玉利友信(笑福亭鶴瓶)とのやり取りとして描かれました。

原案とは異なり、ドラマでの訪ね先を「奈良の豪商」としたことにどのような意図があったのかはわかりませんが(鶴瓶を出すため?)、結果的にこの時にあさが上京しなかったことで、文明開化後に東京を初訪問する第13週のシーンが生まれたわけです。

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