【べっぴんさん】紀夫はいつ帰ってくる?史実では「すみれ丸」で帰国

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NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」の第4週放送現在、すみれの夫・紀夫は戦地に赴いたまま未だに帰ってきていません。

この記事では紀夫がいつ頃帰ってくるのか、紀夫のモデル人物である坂野通夫の帰還の様子、当時の帰還者の事情を踏まえてまとめてみます。※この記事は多少のネタバレも含みます。

紀夫、いまだ帰国せず

第4週は、昭和21年(1946年)3月にすみれ(芳根京子)が仲間たちと店をオープンさせるあたりまでが描かれます。終戦から半年以上が過ぎた時期ではありますが、あいかわらず夫の紀夫(永山絢斗)は戦地に赴いたまま帰国しません。

翌第5週の放送では、良子の夫・勝二(田中要次)、君枝の夫・昭一(平岡祐太)が相次いで帰還し、すみれは次第に焦りを感じていくようになります。

坂野通夫「すみれ丸」で帰国

紀夫のモデル人物である坂野通夫は、昭和18年に海軍の嘱託となり、インドネシア・ジャカルタに派遣されています。

終戦後、通夫の消息がわからない中で坂野惇子(すみれのモデル)は自ら働く決意を固めていきます。そんな中、通夫から「すみれの花が咲く頃に帰れそうだ。」という短い一通の手紙がすみれのもとに届き、程なく昭和21年4月、「すみれ丸」で通夫は帰国を果たしています。
※補足:「すみれの花」は3月頃から開花を始め、5月初旬に見頃を迎えます。

すぐには帰国出来なかった帰還者たち

日本の敗戦時、海外には実に660万人以上の日本人の軍人、一般人が在住していましたが、これら在外邦人が終戦後に一斉に帰国出来たわけではありませんでした。

輸送量の物理的キャパシティ(密航などにより個別に帰ってくる人も多かった)や、国家間の引き上げ費用負担交渉の遅延(朝鮮北部方面からの帰国。ソ連と交渉)、帰国ルートの治安・政情悪化(満州、ソ連占領地からの帰国)などにより帰国が遅れたり、異国の地で力尽きて亡くなる、あるいはそのまま現地に留まらざるを得ない人も多数発生しました。(※昭和21年末までに500万人が引き上げた)

史実通りならば、間もなく帰国

「べっぴんさん」ですみれが店をオープンさせたのが昭和21年3月であり、モデル人物の坂野通夫が帰国したのが同年4月。史実を踏襲するのであれば、時系列的にドラマの坂東紀夫は間もなく帰還することになるはずです。

NHKからの事前告知では、「紀夫がすみれを生涯に渡り支える良きパートナーになる」と明記していますので、無事帰ることは確定として、問題はいつ帰るのか、というところ。また、「すみれ」という役名の由来になっている可能性がある「すみれ丸」での帰国エピソードが何らかの形でドラマに盛り込まれるのか、こちらも楽しみです。

追記(ネタバレ):第7週のラスト(11月19日土曜日放送)で、紀夫が帰ってくることが確定的になりました。紀夫はすみれに対し「さくらの咲く頃に帰る」という手紙を送り、桜が満開となった春の時期に帰国、再会を果たします。

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