【べっぴんさん】夫・田中(坂東)紀夫のモデル・坂野通夫とは【ファミリア二代目社長】

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NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」で永山絢斗が演じる田中紀夫。紀夫はやがてヒロイン・すみれと結婚し、二人はなくてはならない「最強のパートナー」になっていきます。

この記事では、田中紀夫のモデルになっている実在の人物・坂野通夫(ばんの・みちお=ファミリア二代目社長)についてまとめます。

出会いは「リュックサックの紐」

「ファミリア」の創業者である坂野惇子(すみれのモデル人物)は、女学生時代に「運命の人」に出会っています。

昭和10年(1935年)のこと。甲南女学校4年生だった惇子は、兵庫県のスキー場に行った帰りのバスで、ほどけていたリュックサックのヒモを結んでもらったという縁で、甲南高校の1年生だった坂野通夫と出会っています。

「赤い糸」ならぬ「リュックサックの紐」で結ばれていた二人はその後交際を重ね、通夫が京都帝国大学を卒業したことを機に婚約をしています。

坂野通夫の略歴 「山口財閥・大番頭」の息子

坂野通夫は、元尾張藩士で維新後に山口財閥の大番頭として活躍した父・坂野兼通の末っ子(7男2女)として、大正5年(1916年)に兵庫県芦屋市で生まれています。通夫は父・兼通54歳の時に生まれた子供であり、中学生時代に父を亡くしています。

通夫は京都帝国大学卒業後、大阪商船に就職。その後、昭和18年(1943年)に国からの招集を受け、インドネシア・ジャカルタに海軍嘱託で派遣されています。

生まれたばかりの一人娘・光子を抱えた惇子は、終戦を疎開先の岡山県で迎えますが、夫の消息はわからぬまま。惇子はこの頃の先行きの不安感から、自身で稼いでいく道を模索し始め、戦後に仲間たちと事業を興す決意をするのです。

やがて通夫は1946年(昭和21年)4月に「すみれ丸」で帰国(ドラマヒロイン・「すみれ」の名前はここから拝借?)。尼崎にあった通夫の兄の借家で、親子三人での暮らしが始まります。

「佐々木営業部」を経て「ファミリア」社長に

通夫はその後、昭和27年(1952年)まで義父・佐々木八十八の会社「佐々木営業部(後のレナウン)」に勤めています。

昭和27年(1952年)、惇子が興した会社「ファミリア」の初代社長・元田蓮が辞任することになると、通夫は佐々木営業部を退社。「次期社長」への就任を前提として、ファミリアに入社を果たしています。設立当初は大ざっぱな経営を行っていたファミリアでしたが、実務経験豊富な通夫の経験が注入され、次第に会社としての体制が整っていきます。

やがて通夫はファミリア入社から4年後の昭和31年(1956年)に、社長(二代目。初代辞任からしばらくは空位だった)に就任。自身の培った経験をフルに活かし、惇子らの事業を支え、ファミリアの発展に大きく貢献し続けます。

平成4年に亡くなる

その後、昭和60年(1985年)には社長の座を娘婿の岡崎晴彦に譲り、自らは会長職に退いています。通夫は平成4年(1992年)5月に腸閉塞となり、同年6月2日に急性呼吸不全で亡くなっています。

妻・惇子の事業を陰で支え、惇子と仲間たちだけでは決して到達出来なかったであろう高みまで会社を押し上げた通夫。「べっぴんさん」で描かれるすみれと紀夫の「婦唱夫随」の姿そのままに、通夫は「最高のパートナー」として、惇子を支え続ける人生を歩んだのです。

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