白鳥かをるこが持っていた双眼鏡@「花子とアン」大文学会

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5月3日(土)放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」で印象的だったのが白鳥かをるこ様(ハリセンボン・近藤春菜)が手にしていたレトロアイテム、双眼鏡。明治当時の日本では貴重であったはずの双眼鏡を持っているとは、さすが白鳥かをるこは良家の令嬢です。

「ロミオとジュリエット」白鳥かをるこの手に双眼鏡

時は1909年(明治42年)4月。東京の修和女学校では年に一回の「大文学会」が開催されました。この会の最大のウリは、女学生らによる演劇。安東はな(吉高由里子)、醍醐亜矢子(高梨臨)、葉山蓮子(仲間由紀恵)らが中心となって演じられるのは、「ロミオとジュリエット」です。

開幕前、父母らが多数招かれた会場で白鳥かをるこは「双眼鏡」を手にして、しきりに周囲をのぞき込んでいます。この双眼鏡、現在の双眼鏡とはデザインが異なりレトロでカッコいいデザインなのですが、白鳥かをるこが手にしていると笑えてくるから不思議です。

当時はまだ国産双眼鏡はなく舶来の高級品

1909年(明治42年)当時、まだ日本では国産の双眼鏡は製造されていませんでした。(「双眼鏡」自体は江戸時代には日本に流入していた)

「修和女学校・大文学会」(←注:これはフィクション笑)から遡ること16年、1893年(明治26年)にドイツ人・アッペにより開発された「プリズム式双眼鏡」が、近代双眼鏡の始まりでした。(その大本、望遠鏡の発明は中世のヨーロッパ)

「一般社団法人日本望遠鏡工業会 」のホームページにまとめられた双眼鏡の歴史によれば、1900年(明治33年)ごろに日本国産第一号のモデルとなる英国「ロッス社」の双眼鏡が開発され「藤井レンズ製造所」創業者・藤井竜蔵がこれを入手。

1911年(明治44年)ごろに「藤井レンズ製造所」が国産第一号「8×20プリズム双眼鏡」を製作、これをピクトルと命名しています。前述「一般社団法人日本望遠鏡工業会 」のホームページの写真を見ると、白鳥かをるこが持っていた双眼鏡のデザインはこの頃のものと似ているように思います。

▲詳しくは「一般社団法人日本望遠鏡工業会 」ホームページをご覧下さい。
さまざまな時代の双眼鏡の歴史が写真付きでまとめられており、興味深いです。

さすが良家のお嬢様・かをるこ

「大文学会」開催の1909年(明治42年)当時、まだ日本では製造していなかった舶来の双眼鏡を白鳥かをるこは「しれーっ」と持っていたわけであり、いくら嫁の貰い手がないとはいえ、さすがの良家の出だと思わせる場面でした。

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