【花子とアン】伊藤伝右衛門・白蓮ゆかりの地・観光まとめ【福岡・飯塚・別府】

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」に登場する嘉納伝助のモデル・伊藤伝右衛門。吉田鋼太郎演じる嘉納伝助のどこか憎めないキャラクターもあってか、伊藤伝右衛門のゆかりの地は観光地として一躍脚光を浴びています。

この記事では伊藤伝右衛門と妻・柳原白蓮にゆかりのある九州の地をまとめてみました。

◎旧伊藤伝右衛門邸

(福岡県飯塚市幸袋300番地)

伊藤伝右衛門と柳原白蓮(嘉納伝助と蓮子夫妻のモデル)が結婚生活を送った大邸宅、旧伊藤伝右衛門邸。現在では市民の保存運動もあって飯塚市が所有し、2007年から一般公開が行なわれています。

伯爵令嬢・白蓮を迎えるために炭坑王・伝右衛門の意地とプライドをかけて行なわれた大規模な増改築の痕跡や、国の名勝として指定されている庭園など見どころがたくさん。「花子とアン」効果により、来場者数が3倍、5倍と急増しているそうです。

▼伝右衛門邸の詳細はこちらの記事で。
「旧伊藤伝右衛門邸」(飯塚市)白蓮と伊藤伝右衛門(葉山蓮子と嘉納伝助のモデル)が暮らした家


▲「花子とアン」により飯塚市の人気観光スポットとなっている「旧伊藤伝右衛門邸」。
Photo by Muyo (Wikipediaより転載)

◎赤銅御殿(天神)

(福岡県福岡市中央区天神2丁目13〜14番地)

伊藤伝右衛門は飯塚市の本邸の他に「赤銅御殿(あかがねごてん=屋根に赤銅が葺かれていた)」と呼ばれる豪華な別邸も所有していました。そのうちの一つが、福岡・天神町にありました。

伝右衛門はこの別邸を白蓮のために大改装しますが、完成直後の大正10年(1921年)11月に白蓮事件が発生し離婚、結局新しくなった豪邸を白蓮が使用することはありませんでした。

この建物は昭和2年(1927年)に漏電による火災で焼失。現在は福岡市中央区天神2丁目13~14番地付近の「伊藤ビル」敷地内(タリーズ・コーヒー横)に、わずかにレンガ造りの塀の名残を見せているのみとなっています。

なお、赤銅御殿敷地にあった門は、飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」に移築され現存しており、現在でも見ることが出来ます。

◎赤銅御殿(別府・白蓮と宮﨑龍介初対面の地)

(大分県別府市青山町流川通り付近?)

伝右衛門が所有していた別邸「赤銅御殿」はもう一つありました。こちらは大分県別府市青山、流川通り12丁目あたりにあったようです。

別府の赤銅御殿も白蓮のために贅を尽くし建てられた別荘で、別府らしく風呂は天然の温泉でした。この別府別邸では白蓮を中心にサロンが形成され、竹久夢二や高浜虚子など著名な文学者らがたびたびこの地を訪れました。

白蓮の戯曲「指鬘外道(しまんげどう)」を劇団で上演する許可を頂きたい、と手紙を出していた宮﨑龍介も、この別府の赤銅御殿で初めて白蓮と逢ったと言われています。

その後、この別邸は昭和54年(1979年)まで「ホテル赤銅御殿」(素敵な名前だ笑!)として運営されていましたが、残念ながら取り壊され現存しません。御殿は解体された後、大分県竹田市に移築されているようですが、個人宅であるため公開などはされていない模様です。

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▲「白蓮事件」柳原白蓮のお相手・宮崎龍介。別府の赤銅御殿で白蓮と初対面。
(画像はWikipediaより転載)

◎料亭きくしげ(旧伊藤伝右衛門別邸の移築)

(福岡県福岡市中央区西中洲4-1)

西中洲の那珂川沿い、春吉橋のたもとにある老舗料亭「きくしげ」。この老舗料亭の建物は、「きくしげ」の先代が伊藤伝右衛門別邸を購入、移築したものだそうで、趣は往時のまま。政界、財界から世界の王貞治まで、著名人に愛用されたそうです。

福岡・博多周辺では珍しく芸者を呼べる料亭として知られていましたが、「福岡県民新聞」によれば、残念ながら2014年7月をもって閉店するそうです。

▼福岡県民新聞〜7月一杯で閉店~料亭「きくしげ」 記事へのリンク
http://fk-shinbun.ddo.jp/wp/?p=8716

◎伝右衛門が所有していた炭鉱

若い頃は過酷な採掘に従事し、文字通り裸一貫から筑豊の名士に成り上がった伊藤伝右衛門。伝右衛門は古河鉱業と共同出資により大正鉱業株式会社を設立、昭和39年(1964年)に同社を解散するまで九州屈指の炭坑王として君臨しました。

「筑豊炭田」は福岡県の飯塚市、直方市、田川市を中心とした筑豊地方、それに隣接する中間市、宗像市、北九州市の一部に広がっていた炭田の総称です。北九州市の「八幡製鐵所」が背景にあったため、石炭産業が大きく発展しました。

伝右衛門が所有していた主な炭坑には「牟田(飯塚市潤野)」「中鶴(中間市)」「新手(北九州市八幡西区)」「泉水(鞍手郡鞍手町新延)」などがありました。

現在ではこれらの炭坑はいずれも閉山、遺構などわずかな名残を残すのみとなっています。

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