「聡文堂(そうぶんどう)」はなが働く出版社 登場人物と概要まとめ【花子とアン】

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」より。ヒロイン・安東はな(吉高由里子)が東京で勤めることになった出版社・聡文堂についてまとめます。

はなが編集部員として働く銀座・聡文堂とは

聡文堂(そうぶんどう)は、かつてはなが女学校時代にアルバイトをしていた出版社・向学館の編集長・梶原(藤本隆宏)が独立して立ち上げた出版社で、東京・銀座にあるという設定。

聡文堂の会社としての第一作目書籍ははなの「たんぽぽの目」でしたが、現在は会社を挙げて新しい児童向け雑誌の企画を練っているところです。ライバル誌は「赤い鳥」で、老若男女誰にでも楽しめる児童文学誌の発刊を目指しています。

聡文堂の社員・関係者

・梶原聡一郎(かじわらそういちろう=藤本隆宏)

学生時代にはながアルバイトをしていた出版社・向学館の編集長。その後独立し、銀座に「聡文堂」を立ち上げる。

当初は「普通すぎる」としてはなの作家としての才能を認めていなかったが、「たんぽぽの目」を読んでからはその考えを撤回。はなが作家になるために東京へ呼び、聡文堂に誘う。

梶原は学生時代に修和女学校の富山タキ(ともさかりえ)と激しい恋をしたが、親が決めた財閥の娘と結婚したという裏切りの過去がある。

・醍醐亜矢子(だいごあやこ=高梨臨)

はなの修和女学校時代からの友人。当初は卒業とともに医者に嫁ぐ予定だったが、トキメキがないとの理由で婚約破棄。この一件で親を怒らせてしまい、自活の必要に迫られる。はなの紹介で向学館に入社し、そのまま梶原について聡文堂へ。

聡文堂に出入りする村岡印刷・村岡英治に恋をしており、はなと恋のバトル(ほぼ負け戦)を繰り広げる。とはいえ、はなのことが大好き。

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・須藤大策(すどうだいさく=西沢仁太)

丸メガネの編集部員。醍醐さんが村岡英治に出した渾身の紅茶を無邪気に飲んでしまうなど、編集部の中では大らかな性格のよう。三田悠介がたびたびはなに対して厳しく接するのをたしなめる、優しい先輩。

・三田悠介(みたゆうすけ=本田大輔)

須藤とくらべると神経質な編集部員。はなのことが気に入らない様子で、何かとつっかかってくる。西洋コンプレックスがあるのか海外文学に対して否定的で、日本の文学を尊重している。

・村岡英治(むらおかえいじ=鈴木亮平)

聡文堂に出入りする印刷業者。村岡印刷の御曹司でもある。梶原やはなとは向学館以来の付き合い。印刷会社とはいえ書籍のデザイン、企画の立ち上げにも参加し、聡文堂の本づくりに大きく関わっている。

はなのことを「ナマケモノに似ている」などと褒めてしまったり、少々ズレているところがある。獣類が好きらしい。

既婚者であり、結核を患った妻がいる。

「花子とアン」鈴木亮平が演じる印刷会社の村岡英治は村岡儆三がモデル 

・村岡郁弥(むらおかいくや=町田啓太)

村岡英治の弟。ロンドンで最新の印刷技術を学んで帰国し、現在は兄とともに村岡印刷を支える。英国で手に入れた小説をはなに渡し、はなの英語への情熱を復活させた立役者。なぜかかよ(黒木華)の甲州弁に惹かれており、カフェードミンゴでよく口説いている。

村岡英治の弟・郁弥 演じるのは劇団EXILE・町田啓太

・村岡平祐(むらおかへいすけ=中原丈雄)

カフェードミンゴの常連客「カフェーの紳士」。実は村岡印刷の経営者であり、英治たちの実の父。キリスト教系出版物などを扱う同社を創業させた実業家であり、現在は息子二人を後継者にすべく、育成中。はなに対しては「編集者に向いていない」とバッサリ。

カフェーの紳士(中原丈雄)は村岡父だった 「バイブルの村岡さん」と呼ばれた実業家がモデル

・宇田川満代(うだがわみつよ=山田真歩)

はなとともに「児童の友賞」を受賞した作家。受賞作は「つむじ風」。当時からプロ指向が強く、プロ意識の低いはなを見下していた。現在は見事に売れっ子作家となっていて、たびたびカフェードミンゴでタバコをふかしながら執筆を行なっている。

聡文堂の新しい雑誌の目玉として連載をオファーされているが、児童文学を卑下しており、無下に断り続けている。恋愛小説を書きたいがネタがなく困っている模様。はなが急いでいる時に限って登場するなど、たびたび邪魔をしてくる。

「つむじ風」作家・宇田川満代が再登場 演じるのは山田真歩

モデルは銀座の出版社「教文館」か

この「聡文堂」のモデルは、かつて実際に村岡花子が勤めていた東京・銀座の出版社「教文館」であろうと思います。

教文館は現在も銀座に社屋を構える老舗のキリスト教系出版社で、その源流は明治20年代にまで遡れます。当時、メソジスト教会は出版活動が布教の大きな助けになると見なしており、こうした経緯から教文館の前身となる出版社が立ち上がりました。

銀座にある9階建ての社屋「教文館ビル」(設計:アントニン・レーモンド、1933年竣工)は書店としても有名で、雑誌、一般誌、児童書、洋書、キリスト教書、キリスト教系グッズ売場など各フロアごとに豊富な芝揃えを誇っています。

実話とドラマの相違点は

安東はなは1919年(大正8年)に地元・甲府の尋常小学校の教職を辞して東京へ上京しています。

一方、村岡花子は同じく1919年に26歳で山梨英和の教師を辞して再上京、この教文館(基督教興文協会)で編集者として働き始めます。当時、花子の英語力、翻訳力は即戦力として大いに役立ったそうです。そして、この編集者時代に、夫となる村岡儆三(福音印刷の御曹司)と出会っています。

「花子とアン」のストーリー上では、はなは学生時代に村岡に出会っていたほか、勤務する「聡文堂」は学生時代のバイト先の編集長が立ち上げた会社であることなど、史実とは少々違っています。しかし、村岡花子にとっても安東はなにとっても、編集者時代の経験がのちに翻訳家、児童文学者として才能の開花を促します。

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