【いだてん第2回】撮影ロケ地まとめ 熊本の石橋、段々畑、田原坂公園など

スポンサードリンク

2019年1月13日(日)に放送された大河ドラマ「いだてん」第2回放送に登場した屋外ロケ地(撮影地)をまとめます。

第2回放送では金栗四三の幼少期などが描かれ、故郷・熊本の風景が多数登場しています。

永山橋(熊本県菊池市)…金栗家の前の石橋

金栗四三が生まれた春富村(現在の和水町)の金栗家とその周辺の風景は、熊本県菊池市の山間部にかかる「永山橋」一帯で撮影。

「永山橋」は熊本、菊池、小国を結んでいた小国往還の菊池川に架けられたもので、現在の永山橋(石造単一アーチ橋)は明治11年に架けられている。県指定文化財(建造物)。

※金栗四三の実際の生家は、和水町に残されています。
「いだてん」金栗四三の生家は熊本のどこにある?「金栗四三生家記念館」としてオープン

▼菊池市の永山橋周辺。画面下部に見える建物にわらぶき屋根のセットなどが施され、金栗家となっていた。

熊本城・戌亥櫓ほか(熊本県熊本市)…熊本城の風景として登場

明治24年、嘉納治五郎(役所広司)が熊本高等第五中学(現在の熊本大学)の校長に就任し、熊本にやってきたシーンの背景として熊本城・戌亥櫓などが登場。

戌亥櫓周辺の石垣は熊本地震で大きく崩壊しており、「いだてん」の画面にも石垣が一部崩れたままの状態で登場。

弾痕の家(熊本市・田原坂公園)…五中へ行く際に信彦が休憩した峠の建物

四三と父・信彦(田口トモロヲ)が、嘉納治五郎が来ているという熊本第五高等中学に向かう途中、病身の信彦が休憩し、西南戦争当時の思い出話をした峠道の風景。信彦の背後には、田原坂公園に残されている「弾痕の家」が見えた。

明治10年の西南戦争当時この田原坂の地は激戦区となり、田原坂の頂上にあった「松下彦次郎家の土蔵」は両軍の銃弾を激しく受けた。この土蔵が、弾痕の家として当時のまま残されている。

▼撮影はこの裏手、斜面側で行われた模様。

二股橋(熊本県下益城郡美里町)…四三とスヤが再会した石橋

玉名中学に進学していた四三が春野スヤ(綾瀬はるか)と再会した石橋は、美里町の観光名所「二股橋」で撮影。「自転車節」を陽気に歌いながら自転車に乗っていたスヤが、海軍兵学校の身体検査に落ちて橋の上で落ち込む四三を発見したシーン。

「二股橋」は、日光の当たり方によって影が「ハートのマーク」に見える時間帯があり、「恋人の聖地」として人気の観光地となっている。

河内のみかん畑(熊本市河内地区)?…四三とスヤが自転車節を歌いながら自転車で走った段々畑の風景

こちらは正式に確認できたわけではありませんが、スヤと四三が二人で歌を歌いながら自転車で走った段々畑の風景は、熊本市西区の河内地区一帯に広がる段々畑で撮影されたのではないかと推測されます。

急斜面の山間地にひらかれた段々畑と果樹、そして背後に広がる海の風景など、はっきりした撮影場所はわかりませんが、この近辺で撮影された可能性が高いのでは(確定情報ではありませんので、あしからず)。

 ▼どこまでも続くみかん畑。地元では有名な風景のようですね。


関連記事
【いだてん第1回】撮影ロケ地まとめ 洋館、神社、東京の町並みなど

スポンサードリンク

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサードリンク

PAGE TOP ↑