「いだてん」金栗四三の生家は熊本のどこにある?「金栗四三生家記念館」としてオープン

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NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公の一人、マラソンランナー・金栗四三の生まれ育った場所、生家についてまとめます。また、四三が熊本時代に通った学校についてもまとめます。

四三の生家は現存しており、2019年1月に「金栗四三生家記念館」として整備、公開される予定です。

日本初のマラソン選手 金栗四三

1912年のオリンピック「ストックホルム大会」に三島弥彦(短距離選手)とともに、日本人として初めて参加したマラソンランナー・金栗四三。四三は箱根駅伝や福岡国際マラソンの創設に関わるなど、生涯を通じて日本マラソン界の発展に尽力した人物として知られます。

現在の熊本県玉名郡和水町生まれ

金栗四三は1891年(明治24年)8月20日、熊本県春富村(現在の玉名郡和水町=たまなぐん・なごみまち)の中林という地区に生まれています。四男四女八人兄弟の7番目で、父・信彦が四十三歳の時に生まれたことから、四三と名付けられました。

生家の金栗家は代々酒造業を営む旧家でしたが、病弱だった父・信彦の代で酒造をやめていました。役場勤めだった長男が一家を支えていましたが、家計は苦しかったそうです。

現存する生家 2019年に記念館としてオープン

四三の生家は、現在も和水町中林地区に現存しています。築200年を超える家は、さすがに歴史ある旧家だけあって立派です。この生家は実際に「いだてん」の撮影にも使われたとのこと。

玄関土間の横には「学校部屋」と呼ばれた四三専用の部屋があり、この二畳ほどの小さい板張りで、少年時代の四三は声を上げて読み方をしていたとか。

大河ドラマ放送にあわせてということなのでしょう。2019年1月11日(金)から、四三の生家が「金栗四三生家記念館」として整備、一部公開されることが決まっています(有料)。

※開館期間:2019年1月11日(金曜日)~2019年12月23日(月曜日・祝日)

開館時間は午前9時~午後5時、年中無休とのことですが、駐車スペースが普通車6台分ほどしかなく、ドラマの放送にあわせて来場者が増加すると駐車できない可能性が考えられますのでご注意を。

▼静かな山間の農村に残る、金栗四三の生家。住所は熊本県玉名郡和水町中林546。

玉名北高等小学校、熊本県立玉名中学校に進学

四三は地元の吉地尋常小学校(旧・和水町春富小学校。2014年に統廃合により和水町立三加和小学校になっている)で4年間の義務教育を受けた後に、玉名北高等小学校(現・南関町南関第三小学校)に通っています。

玉名北高等小学校は自宅から片道6キロ、往復12キロの距離にあり、四三はこの学校までの通学路を走って通うようになります。

もともと病弱であり、走ることに苦痛を感じていた四三。アップダウン激しい通学路を走るうちに効率的な呼吸法を習得し、やがて通学仲間たちを置き去る走りを見せるようになるなど、この時期の鍛錬が後にマラソン選手として花開く素地を育てていきました。

※南関第三小学校の生徒たちが、毎日12キロを走っていた金栗の教えを学ぼうと「ある挑戦」に挑む様子をNHK熊本放送局が取材しています(リンク先に動画あり)。

玉名北高等小学校があった南関第三小学校。四三の自宅はここから北東に直線距離で3.5キロ(通学ルートで6キロ)ほどの和水町中林。山間部を通るアップダウン激しい通学路が、四三の心身を鍛え上げていきました。


四三はその後、熊本県立熊本中学玉名分校(四三の入学後に独立して熊本県立玉名中学校に。現在の玉名高校)に進学。特待生扱いとなっています。玉名中学校時代は、親元を離れての寄宿舎生活だったそうです。

四三のランナーとしての才能が開花するのは、玉名中学から上京して進学した東京高等師範学校(現在の筑波大学)で校長・嘉納治五郎(講道館柔道の創始者)と出会ってからのお話となります。

▼四三の生い立ちが描かれた第2回放送では、熊本各地の風景が登場。
【いだてん第2回】撮影ロケ地まとめ 熊本の石橋、段々畑など

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