茶々が秀吉の子を妊娠 鶴松(棄)を出産 後には豊臣秀頼を産む

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NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」第39話より。

豊臣秀吉(竹中直人)がすっかり入れ込んでいる側室・茶々(二階堂ふみ) が懐妊し、秀吉はますます茶々に夢中になっていきます。秀吉は正室のおね(黒木瞳)との間には子宝に恵まれず、これまで実子がいませんでした。

淀城を茶々に授ける

第38話では、すっかり茶々にご執心である秀吉の様子を見て、石田三成(田中圭)が茶々に城を授けてはどうかと進言します。

これを聞いて気を良くしたのか、茶々はたくらんだような顔で「秀吉さまのお子を産みとう御座います(ニヤリ)」と言い、秀吉に今まで以上に接近します。

やがて茶々は秀吉の子を身ごもります。この赤子が男児だったことから、跡継ぎを待望していた豊臣家の中で、茶々の存在感は増していきます。

最初の子・鶴松懐妊

▲戦国きっての「悪女」などと言われる淀殿。浅井長政、織田信長の血筋を受け継ぐサラブレッドでもあります。
(画像はWikipediaより転載)

史実によれば、茶々は天正17年(1589年)に秀吉との最初の子、棄(すて、捨=鶴松)を生んでいます。

初めての嫡子誕生に喜んだ秀吉は、山城国の「淀城」を茶々に賜ります。これが、茶々が「淀君」「淀殿」「淀の方」と呼ばれるようになった由来です。

秀頼を出産、後見人として豊臣家の実権を握る

この初めての子・棄は残念ながら誕生から2年後に死亡してしまいますが、茶々は捨誕生の4年後、文禄2年(1593年)に二人目の男児・拾(後の豊臣秀頼)を生みます。

この拾=後の豊臣秀頼が豊臣家の後継者となり、茶々(淀殿)は秀頼の後見人として徳川家康らの去った大阪城で実権を握るようになります。

秀吉の死後 豊臣家滅亡へ 原因は淀殿?

▼北政所(おね=黒木瞳)と淀殿の間で勃発する「女のバトル」も今後のドラマの楽しみ。

秀吉の才により、一代で急速に力をつけた豊臣家。

しかしその速さゆえ、豊臣家は家臣たちの人心を十分に掴んでいたとは言えませんでした。

淀殿が実権を握った豊臣家は、家康と対立する頃には内部の歯車から狂い始めており、一気に滅亡の道へと進むことになります。淀殿はおね(黒木瞳)と対立、さらに息子の秀頼可愛さの余り戦局を見誤るなどし、権力にしがみついた末に豊臣家を滅亡させた「戦犯」との声も。

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