有岡城牢番・加藤又左衛門の息子・玉松は後の黒田24騎「黒田一成」!

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NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」第22話「有岡、最後の日」より。黒田官兵衛(岡田准一)が幽閉されていた有岡城土牢の牢番を勤めていた男・加藤又左衛門(加藤重徳)について。ちょっとしたサイドストーリーがあります。

牢番をしていた男・加藤又左衛門

幽閉されている官兵衛にメシを与えていた牢番・加藤又左衛門。有岡城開城が迫り、城と運命を共にすると宣言する場面が描かれました。

「今まですまなかった。間もなく織田が攻めて来る。それに乗じて逃げるが良い」

そう言うと、有岡城主・荒木村重の妻・だし(桐谷美玲)の命だとして牢のカギを開けます。

この会話の中で又左衛門が気にしていたのが、幼い息子・玉松のこと。犬を抱えて牢屋に迷い込んで来たあの少年です。又左衛門は、自分の命はともかく玉松だけは逃げて助かって欲しいと官兵衛に話しかけます。

それを聞いた官兵衛は消えそうな声で「わしが…あずかろう…」と言います。

官兵衛の世話をした加藤重徳(又左衛門)

このエピソードは、実話を元につくられています。以下、伝わっている逸話を簡単にまとめます。

有岡城では黒田家家臣・井口兵助の叔母が働いており、官兵衛の門番をしていた加藤重徳(又左衛門)は、兵助の叔母が官兵衛の世話をすることを許したそうです。

官兵衛は加藤重徳の世話に感謝し「無事に牢から出ることができたら、貴方の息子(玉松)を養育したい」と申し出ます。

息子・玉松は後の黒田24騎「黒田三左衛門」


▲福岡黒田家の家臣・黒田一成(黒田三左衛門)。
画像はWikipediaより転載。

重徳は有岡城開城の際に、助けに来た栗山善助らとともに官兵衛を救出し、玉松を官兵衛に託しています。

玉松はその後官兵衛の養子となり(=黒田一成、くろだかずしげ)、嫡男・長政(松寿丸)の実の弟のようにして育てられます。この少年が、後に黒田24騎の1人である「黒田三左衛門」として黒田家を支えることになるのです。

後年、福岡藩黒田家に迎えられる重徳

この話には後日談があります。有岡城開城の際に生き延びた加藤重徳と長男の吉成(玉松の兄)は、その後宇喜多秀家、小西行長に仕え、浪人の身となると福岡藩の黒田家に迎えられます。

これは一成(玉松)が主君・長政に父兄の迎え入れを申し出たことから実現したようなのですが、官兵衛を牢から救い出した重徳の功は大きく、その後長男・吉成の家系は代々藩の中老職に列せられることになります。

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