【まんぷくモデル】安藤百福氏と信用組合

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年明けのNHK連続テレビ小説「まんぷく」の放送では、萬平が信用組合の理事長に就任し、畑違いの金融分野に挑戦する姿が描かれます。

これら一連のエピソードは、萬平のモデル人物である安藤百福氏(日清食品創業者)が、懇願されて信用組合の理事長に担ぎ出されたという史実に沿って、物語が創作されていきます。

信用組合の理事長に

1948年(昭和23年)、泉大津で働く若者たちに対し支給していた奨学金の扱いを巡り、脱税容疑で進駐軍に逮捕されてしまった安藤百福氏。二年に及ぶ収監中に泉大津の事業などが整理され、百福氏は再び事業家として「振り出し」に戻ってしまいます。

釈放後のある日のこと。百福氏のもとに、大阪に新設された信用組合の理事長になってほしいというオファーが届きます。この頃には「安藤百福」の名は世間に広く知られており、どうやら信組側はこのネームバリュー、信用を欲しがったようです。

現場主義で様々な商いを行ってきた百福氏にとって、組織で動く金融業はまったくの畑違い。百福氏はオファーを何度も断りましたが、甘言に乗せられてしまい、ついにはこれを引き受けてしまいます。

経営破綻 再び無一文に

名前だけの理事長とはいえ、百福氏は実際に営業担当者とともに組合員の会社を訪問して多額の預金を集め、自身の口座をつくってなけなしのお金を預金するなど、慣れない金融業に関わっていくことになります。

ところが、この信用組合の経営はずさんなものでした。金融業務の専門家がロクにいない素人集団だったために融資はルーズであり、やがてあちこちで不良債権が発生してしまいます。

ついに不渡りが起こって取り付け騒ぎが発生すると、「母店」と呼んで信頼していた都市銀行から、真っ先に担保に入れていた組合の建物と敷地を差し押さえられ、ついには信用組合の経営は破綻してしまいます。

百福氏は理事長としての責任を社会から激しく問われるとともに、財産の多くを失い、またしても「無一文」になってしまいます。

安藤百福47歳 自宅の小屋から再出発

事業を整理し、池田市の自宅に引きこもってしまった百福氏。

「残ったのは池田市の住まいと後悔だけ」「責任を持てない仕事を引き受けたバチが当たった」と反省しきりでしたが、やがて「失ったのは財産だけ。経験が血や肉となって身についた」と、持ち前のポジティブな思考回路を発揮。再び奮い立つことになります。

1957年(昭和32年)、すでに40代後半になっていた百福氏は自宅の庭に小さな小屋を建てると、かねてから着想を得ていた「魔法のインスタントラーメン」の開発に着手することになります。

ご存知の通り、このインスタントラーメン(チキンラーメン)の発明により大成功を収めることになる百福氏ですが、信用組合時代に銀行の冷酷さを知ったこともあり、日清食品は創業以来、「無借金経営」を貫くことになります。

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