【まんぷく】壇蜜(秀子)が踊ったマンボの曲

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NHK連続テレビ小説「まんぷく」2月5日、6日放送回で秀子(壇蜜)が踊ったマンボの曲についてまとめます。

雪村いづみによる昭和の流行歌です。

モデル・木ノ内秀子

第19週放送では、以前登場した絵のモデル・花村奈保美(さとうほなみ)に続き、またしても香田家に不穏な空気を持ち込むことになる色っぽいモデル・木ノ内秀子(壇蜜)が登場しています。

「忠彦さんに色目を使っている!」と克子(松下奈緒)から警戒され続ける秀子ですが、当の秀子はそんな視線もどこふく風。

秀子は「芸術家は家族なんてものに縛られちゃだめよ」と忠彦(要潤)に苦言を呈し、芸術家として新たなチャレンジが出来ていない忠彦をからかうかのように、忠彦の心を惑わし、挑発していきます。

雪村いづみ「夢のマンボ」で壇蜜が踊る!

愛する家族に囲まれ、職業画家として安定してしまっていた忠彦の心の殻を破ったのは、マンボのリズムに合わせて秀子が踊った妖艶な踊りでした。

夢の楽園へと誘う歌詞とマンボのリズムともに、秀子は「先生!わたしを描いて!」「既成概念をぶちこわすのよ!」とけしかけ、ついに忠彦の新たな作風を引き出すことに成功します。

何とも壇蜜らしい挑発的な(怪しげな?)踊りを引き出したのは、雪村いづみによる1955年(昭和30年)発売の流行歌「夢のマンボ」です。松井八郎作曲、井田誠一作詞の同曲は、マンボのリズムにあわせて恋の花園の世界、 夢の楽しい国へと行きましょうよ!と陽気に誘います。

作詞を担当した井田誠一氏は、雪村いづみの代表曲である「オウ・マイ・パパ」、「遥かなる山の呼び声」、「チャチャチャは素晴らしい」などで訳詞を担当したことでも知られますね。

▼残念ながら雪村いづみのベスト盤的なアルバムには「夢のマンボ」は収録されていませんが、懐かしい名曲が揃います。

「三人娘」の一人・雪村いづみ

雪村いづみは1937年(昭和12年)、東京・目黒区生まれ。同年代の江利チエミ、美空ひばりとともに「三人娘」として人気を博した昭和の人気歌手の一人で、現在は81歳になっています。

父を早くに亡くし、母の会社が倒産したことからダンスホールや日劇などで歌手活動を開始した雪村いづみは、戦後「想い出のワルツ」でレコードデビュー。同曲は20万枚の大ヒットとなり、一躍戦後の大スターへとのぼり詰めています。

「夢のマンボ」がリリースされた1955年には江利チエミ、美空ひばりとともに出演した映画「ジャンケン娘」が異例の大ヒットを記録。以降同じく三人娘出演による「ロマンス娘」「大当り三人娘」などの映画もヒットしたほか、1957年の映画「青い山脈」では主演を務めるなど、雪村いづみは女優としても高い評価を獲得しています。

秀子が踊り、忠彦が覚醒したシーンの時代設定は1958年(昭和33年)のことでした。これは「夢のマンボ」のリリースから3年後のことであり、雪村いづみの全盛期にあたります。戦後の新しい時代を象徴する新世代の「新しい音楽」が、忠彦の新しい芸術を引き出したということでしょう。

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