新商品「まんぷくヌードル」モデルはカップヌードル

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NHK連続テレビ小説「まんぷく」で、画期的な新商品「まんぷくヌードル」の開発に着手する経緯をまとめます。

「まんぷくヌードル」は、元祖カップラーメンである日清食品の「カップヌードル」がモデルとなっています。

アメリカ人向けのラーメンを開発

大阪万博が開催されていた1970年(昭和45年)頃。「まんぷくラーメン」の大ヒットから10年以上が経ち、息子の源(西村元貴)も学校を卒業してまんぷく食品に入社しています。

この頃、まんぷく食品ではある開発プロジェクトが立ち上がりました。2年前、萬平がアメリカにまんぷくラーメンを売り込みに行った際に着想を得た、「アメリカ人も食べられる新しいラーメン」の開発です。

アメリカにはラーメン用のどんぶりもなければ箸もない。そのため、現地では紙コップにラーメンを入れるという急場しのぎのスタイルで試食が行われたのですが、この実体験から萬平は「アメリカ人にも食べてもらえる容器入りの即席ラーメン」という新しい商品コンセプトをひらめいたのです。

源も開発チームに抜擢

萬平は、商品開発部長となっていた神部に新商品の開発を命じ、源を含む若手社員4人(源、西野、久坂、戸塚)が開発プロジェクトチームとして選出されます。

「まんぷくヌードル」と命名されることになるこの新商品は、容器の選定、新しい麺の開発など課題は山積み。天才肌の発明家である萬平からすれば、なかなか開発が進まないプロジェクトチームメンバーの仕事ぶりに不満が募るようです。

父の背中を追って入社し、「萬平の後継者」という無言の期待を周囲から感じ取っている源。なかなか進まない商品開発に焦り、改めて父の偉大さ、自分の無力さを感じるようです。

また、忠彦の弟子・名木がカップのデザインに携わるとのことで、若い世代の力がまんぷくヌードルを創り上げることになります。

「カップヌードル」がモデル

「まんぷくヌードル」は、日清食品により1971年(昭和46年)に世界初のカップラーメン(カップ麺)として発売された「カップヌードル」がモデルです。

1966年(昭和41年)に初めての欧米視察旅行を行った安藤百福氏。アメリカ・ロサンゼルスのスーパーでチキンラーメンの売り込みをした際に、現地にどんぶりや箸がなかったため、チキンラーメンを割って紙コップに入れて試食提供するという即興の対応を目にています。

百福氏はこの異文化体験から、「容器入りの即席麺」という新しいアイディアを思いついています。

チキンラーメン同様、カップヌードルの開発にも幾多の困難が伴いました。高さが増した麺の製造方法、容器の素材選定と構造デザイン(手で持てる発泡スチロール製の器)、具の開発(フリーズドライのかやく)など、現在では当たり前となっているカップ麺の基本スタイルは、この時の試行錯誤から生まれたものです。

「まんぷく」ではドラマ最終盤のメインテーマのひとつとして、カップ麺の開発の経緯が描かれていきます。

なお、源のモデルと考えられる日清食品CEO・安藤宏基氏(現在71歳)は、若き日に「日清焼そばU.F.O.」「どん兵衛」などの新商品の開発を手がけ、37歳で社長に就任した後には「打倒カップヌードル」のスローガンのもと、社内改革を断行。父・百福氏の創り上げた日清食品をしっかりと受け継ぎ、さらなる高みへと導いています。

また、ドラマ上では忠彦の弟子・名木がまんぷくヌードルのカップデザインを担当します。カップヌードルは、グラフィックデザイナーの大高猛氏が担当しています。大高氏は日本万国博覧会アートディレクターで、同博覧会のシンボルマークをデザインしたことでも知られる著名なデザイナーです。

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