【まれ】長年同居している桶作家と津村家との関係【血縁?赤の他人?お客様?】

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NHK連続テレビ小説「まれ」第19週(8月3日〜)では、塩造り職人・桶作元治(田中泯)の塩田を津村一徹(葉山奨之)が継ぐ様子が描かれました。

この場面や津村家が桶作家に長年住み着いている様子を見ていると、津村一家は桶作家と血縁、遠縁の関係にあるのかと思ってしまいますが、実際にはまったく血縁関係はありません。ドラマを途中から見た方はこのあたりの経緯がわかりづらいと思いますので、まとめておきます。

津村家が桶作家に住みこんだ経緯

そもそも、津村家が能登・外浦村へとやってきたのは希(土屋太鳳)がまだ10歳の頃。東京で徹(大泉洋)の事業が破綻し、夜逃げ同然で一家で能登へとやってきたのでした。妻・藍子がダーツを投げて決めた行き先が、たまたま能登半島の先端だったのです。

津村家は当面住むための住居を手配していたのですが、手違いもあって住めないことが判明。急遽村で唯一の「民宿桶作(休業中)」にしばらく泊まらせてもらうことになります。初めは「ヨソ者」として文(田中裕子)から「御客様」扱いされますが、やがて一家は村に打ち解けていきます。

当初は「宿泊客」として寝泊まりしていた津村一家も、やがて「月極の家賃(光熱費込みで1万3千円)を払う」という形で桶作家に定住するようになります。1万3千円という格安の家賃であることからも、桶作家の津村家に対する温情が見て取れます。


▲「まれ」のロケ地であり、民宿桶作がある輪島市・大沢町。独特の景観を持つ「間垣の里」として知られる。

桶作家には長男・哲也一家が

「家賃」を払いながら十年以上桶作家に住み着いている津村一家。しかし、来村八年目(希の公務員勤務時代)には桶作家の一人息子・哲也(池内博之)一家(妻と娘二人。←元治と文にとっては実の孫)が東京から突如帰郷し、塩田を潰してカフェを開きたいと言い出すという騒動がありました。

哲也の身勝手な発言に元治は激怒するのですが、この騒動は津村家にも波及。ついには哲也の妻・しおり(中村優子)が桶作家に居座る赤の他人・津村一家にブチキレるという修羅場にまで展開しています。

哲也は東京でリストラされ故郷に救いを求めて帰ってきたことが後に判明します。結局哲也は両親と和解。もう一度東京に戻り、一からやり直すことになります。一度は桶作家からの「八年目のチェックアウト」を決意した津村家ですが、哲也一家が居なくなったことから、結局その後も桶作家に住み続けることになります。

一徹の結婚 みのりが同居

希の弟・一徹は高校卒業と同時にデイトレードで食べていくと宣言。交際していたみのり(門脇麦)と結婚宣言をしています。当初は反対された若い二人の結婚でしたが、早くたくさんの「子供を産みたい」というみのりの希望に両親が折れ、みのりが桶作家に住み込むという形で新婚生活を始めています。

物語の途中で希、徹、藍子が横浜に移り住む時期がありましたが、一徹(とみのり)だけは終始桶作家に残り、家賃を払い(デイトレードの調子が良く、当初より多めに支払っている)、元治らと共同生活を送ってきました。一徹が桶作家に居座り続けたからこそ、二度目の破産をした徹が桶作家を「逃げ場所」に出来たとも言えます。(本来であれば津村一家の故郷は東京。)

第19週でようやくみのりが妊娠し、津村家、桶作家の面々は大喜びをします。徹にとっては「初孫」でありますが、元治と文にとっては厳密には「他人の子供」。元治や文が一徹が塩田を継ぐことに反対したのも、塩田という厳しい仕事を無責任に「これから父となる」他人には薦められないという気持ちがありました。※元治は塩田の後継を哲也に打診したが断られたらしい…。

遠くの息子より近くの他人?

ネット上では津村家が桶作家の温情に終始甘え、依存しているという声も多く、一徹が所帯を持ってからも独立しないことにも批判的な声が見られます。

脚本家は元治と文を津村家の「能登の祖父・祖母」のような存在として描いているのだとは思いますが、最終的に、冷遇されている実の息子・哲也一家の存在と、津村一家に対する熱の入れようとを、どのように落とし前をつけて描くのか、気になるところです。

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