「マッサン」モデルとなった企業一覧 ニッカ、サントリー、摂津酒造…

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2014年に放送されたNHK連続テレビ小説「マッサン」。ウイスキーづくりに生涯をかけた夫婦の人情喜劇が人気となりました。

「マッサン」はニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝(ドラマでは亀山政春)とその英国人妻・リタ(ドラマではエリー)がモデルとなっています。また、劇中に登場する人物や団体もそれぞれモデルとなるものがあり、その存在を知っておくとよりドラマを楽しめるようになります。

この記事では「マッサン」に登場する醸造会社、酒造会社のモデルとなった会社をご紹介します。

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目次

「亀山酒造」のモデル → 竹鶴政孝の実家「竹鶴酒造」

ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の生家は広島県竹原市の造り酒屋「竹鶴酒造」でした。竹鶴の父・敬次郎は分家の生まれでしたが本家に入って酒造業を継いでおり、仕事に厳格な父の背中を見て政孝は育ちました。

政孝は敬次郎の三男坊。家業を継ぐ期待を受けて大阪高等工業学校(現在の国立大阪大学)の醸造科に進学します。そこで竹鶴は洋酒の魅力に取り付かれます。

「竹鶴酒造」は現在でも広島県竹原市に現存しており(広島県竹原市本町3-10-29、JR竹原駅徒歩15分)、その歴史ある建物は竹原の伝統的な町並みに溶け込んでいます。

「マッサン」では、玉山鉄二演じる「亀山政春」の実家は「亀山酒造」として登場。亀山酒造も史実と同じく広島県竹原市にある設定で、政春は家族や従業員に囲まれた賑やかな環境で育ちます。

「住吉酒造」のモデル → 竹鶴政孝の最初の就職先「摂津酒造」

学生時代に洋酒の魅力に取り付かれた竹鶴が、卒業を待たずに就職したのが大阪の「摂津酒造」。摂津酒造は当時アルコール蒸溜業最大手であり、日本で初めてのウイスキーづくりを実現したいという野望を持った会社でした。

竹鶴は摂津酒造によってスコットランドへと留学に出され、ウイスキーづくりの基礎をみっちり学び帰国します。しかし政孝が帰国した時には不況の影響もあり、既に摂津酒造にウイスキーづくりに邁進するだけの資金的余裕はありませんでした。

「摂津酒造」は、「マッサン」では西川きよしが社長を演じる「住吉酒造」として登場します。大阪の賑やかな人たちに囲まれ、亀山政春はウイスキーづくりの夢を追いますが、やがて経営不振により…。

「鴨居商店」のモデル → 「寿屋」(後のサントリー)

「摂津酒造」を退職した竹鶴政孝は寿屋(前身は鳥井商店)の鳥井信治郎にスカウトされ、国産第一号蒸留所となる山崎蒸溜所の建設に関わります。この「寿屋」は現在のサントリーの前身です。

竹鶴は鳥井の元で国産第一号ウイスキー「白札」を完成させるも、スコットランドの製法にこだわったこともあり、「煙臭い」とされ市場の反応はイマイチ。本場スコットランドの製法にこだわる竹鶴と、日本人向けに味を変えたい鳥井との間に意見の食い違いが発生します。竹鶴は鳥井に恩義を感じていたものの、当初の契約通り寿屋を10年間勤め上げ退社。理想のウイスキーづくりを求めて北海道へと渡ります。

この二人のウイスキーづくりに対する考え方の違いは、そのまま「ニッカウヰスキー」と「サントリー」というライバル企業の関係へと発展しくことになるのです。

「マッサン」では「寿屋」は「鴨居商店」として、サントリー創業者の「鳥井信治郎」は「鴨居欣次郎」(堤真一)として登場します。

「ドウカ」(北海道果汁)のモデル → 「大日本果汁」(後のニッカウヰスキー)

「寿屋」を退職した竹鶴政孝が向かったのが、スコットランドの気候風土に似ている北海道・余市。この地で竹鶴は「大日本果汁株式会社」を設立、国産第二号蒸留所となる「余市蒸溜所」を建設します。この「大日本果汁」が、現在のニッカウヰスキーの前身です。

当初は地元・余市産のリンゴを大量に買い上げ、リンゴジュースを生産販売して目先の収入を得ていた大日本果汁。

その後の竹鶴政孝・リタ夫妻の奮闘により、「余市蒸溜所」「ニッカウヰスキー」は日本のウイスキー史に名を残す存在になっていきます。

「大日本果汁株式会社」「ニッカウヰスキー」は、ドラマでは「北海道果汁株式会社」「ドウカウヰスキー」として登場します。第一話では昭和46年、余市蒸溜所で造られた「ドウカ」のウイスキー「スーパーエリー」が栄えある賞を受賞した場面から物語が始まります。

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