岡崎悟のシベリア抑留体験談が、マッサンに「三級ウイスキー」づくりを決断させる

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NHK連続テレビ小説「マッサン」第24週(3月16日〜3月21日放送)より。マッサンはこれまで低級な「三級ウイスキー」の存在を否定してきましたが、ある人物の影響により「三級ウイスキー」と真摯に向き合う決意をするに至ります。

この記事では「ドウカウヰスキー」が三級ウイスキーの製造を開始する経緯と、マッサンにその決断を促した「ある人物」についてまとめます。

甥っ子・岡崎悟がシベリアから復員

終戦から三年の月日が流れ、時代は昭和23年(1948年)になっています。森野熊虎(風間杜夫)の助言もありマッサンは一度は拒んだ進駐軍との取引を受け入れるに至り、「ドウカウヰスキー」の経営は次第に安定し始めていました。

この頃、マッサンの甥っ子にあたる岡崎悟(泉澤祐希)がシベリアから復員し、マッサンの仕事を手伝うようになります。

過酷だったシベリア抑留

終戦後のシベリアでは、いわゆる「シベリア抑留」という言葉で知られる通り、投降した日本軍の捕虜らが厳しい抑留生活、強制労働を強いられました。その過酷な日々の中で多くの死者が出ました。

マッサンの甥っ子、岡崎悟もそうした辛い日々を何とか生き抜き、昭和22年(1947年)から始まるシベリア抑留者の日本への帰国事業により日本へと帰ってきたのです。

「命の水」だった三級ウイスキー

悟は表向きは明るく振る舞うものの、シベリアでの過酷な経験がトラウマとなっており、なかなか平穏な日常生活に戻れずにいました。ある日、悟は共に働く工員とトラブルになり、自身のシベリアでの辛い体験を語り始めます。

悟は「死んだほうがマシ」という壮絶なシベリア生活の中で、唯一ウイスキーを口にするときだけが幸せな時間だったと言います。

悟が「命の水」とまで感じたというそのウイスキーは、マッサンが戦時中に海軍から命令され、心底イヤイヤ気分でつくった、あの「三級ウイスキー」でした。

※「三級ウイスキー」は原酒の混和率が0~5%のウイスキー。終戦後、香料や着色料を混ぜ込んだ模造の「三級ウイスキー」が市場を席巻しました。

飲む人を幸福にするウイスキーとは

これまで本物にこだわり頑なに「質」を追い求めてきたマッサンは、この悟の話に衝撃を受けます。

マッサンはこれまで、「本物」のウイスキーこそが人々の生活を豊かにすると考えてきましたが、例え低質なウイスキーであっても、真面目につくっていれば喜んでくれる人が必ず居る、という事実に気が付いたのです。

この悟の話をキッカケにして、マッサンは「三級ウイスキー」をつくることを決意します。誰もが気軽に飲める「三級ウイスキー」でありながら、本格的なウイスキーに劣らない芳香と味わいを持つ。そんな製品を、悟とともに開発し始めます。

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