鳥井信治郎(マッサン・鴨居欣次郎モデル)家族構成、子供たち

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NHK連続テレビ小説「マッサン」に登場する鴨居欣次郎(堤真一)のモデル、サントリー創業者・鳥井信治郎。信治郎と妻・くにとの間には、三人の息子が居ました。

今のところまだはっきりとはわかりませんが、「マッサン」に登場する鴨居欣次郎の長男・英一郎(第11週で登場)は鳥井信治郎の長男・吉太郎がモデルなのではないかと思います。鴨居欣次郎には英一郎を筆頭に三人の子供が居るようです。

この記事では、サントリー創業者・鳥井信治郎の家族についてまとめます。

サントリー創業者・鳥井信治郎の家族構成 妻は?

信治郎の父は大阪の両替商、米穀商の鳥井忠兵衛。母は「こま」。信治郎は二男二女の次男、末っ子として生まれています。

妻は「くに」。旧姓は小崎。丸亀京極家の家臣で、武士の出だとか。くにとの間には三人の男子が生まれています。

ドラマ「マッサン」での鴨居欣次郎の妻は英一郎が幼い頃に亡くなっていますが、実在のくには子供たちが大きくなった後に亡くなっています。くには「赤玉ポートワイン」(太陽ワインのモデル)の大ヒット、山崎蒸溜所の完成、長男・吉太郎の寿屋入社を生前に見届けているのです。

長男・鳥井吉太郎 若くして急逝

長男・吉太郎は神戸の商業高校に通った後、若くして寿屋(後のサントリー)の副社長となります。信治郎の後継者としてだけではなく、財界からも将来を期待される好男子でした。

学校を卒業後した吉太郎は竹鶴の自宅に預けられ、竹鶴からはウイスキー製造の技術を、リタからは英語の手ほどきを受けていました。

しかし、わずか31歳の若さで病気により急逝してしまいます。還暦を迎えていた信治郎は、期待していた後継者を失ったことで大きなショックを受けたようです。

吉太郎は妻・春子(阪急阪神東宝グループ創始者・小林一三の娘)との間に息子・鳥井信一郎を残しており、信一郎は後にサントリーの3代目社長となっています。

次男・佐治敬三 2代目、名物社長

次に次男。こちらは名前に聞き覚えのある方も多いことでしょう。次男はサントリー2代目社長の佐治敬三(さじけいぞう)です。敬三は母方の親戚「佐治家」に養子に入りましたが、そのまま実父母の元で育ちました。

41歳で寿屋社長となり父から経営を引き継ぐと、異色の経営手腕を発揮しました。

「生活文化企業」「やってみなはれ」の社是を掲げ、さまざまな文化事業に熱心に取り組みます。敬三は「名物社長」としてサントリーの発展に大きく貢献しました。開高健、山口瞳らが所属した寿屋宣伝部の活躍も、佐治敬三という名物社長が居たからこそ、と言えます。

佐治敬三の長男・佐治信忠はサントリー4代目社長に就任しています。

三男・鳥井道夫 佐治敬三を支えた

そして、三男・鳥井道夫。道夫は次兄・敬三のように世間から注目を浴びるタイプではなかったようですが、長兄・吉太郎の急逝により敬三が引き継ぐことになった鳥井家の事業を脇から支え続けました。

副社長、副会長を務め、2001年にはサントリーの名誉会長になっていますが、結局道夫が社長に就任することはありませんでした。道夫の息子・鳥井信吾はサントリーホールディングス代表取締役副会長、3代目マスターブレンダーになっています。

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