歴史秘話ヒストリア「天皇の料理番」その1 天皇と無言の会話を続けた料理人の物語

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NHK「歴史秘話ヒストリア」より、「天皇の料理番 若き日の奮闘物語」の回が興味深かったので内容をご紹介。

「天皇の料理番」とは明治生まれの料理人、秋山徳蔵のこと。

実に50年以上にわたり宮中の料理人として昭和天皇の日常の食生活を支え、宮中晩餐会では海外からの賓客をもてなす料理を作り、日本の外交にも大きな貢献をした料理人でした。

少年時代に食べた「カツレツ」が西洋料理との出会い

秋山は明治の中頃、福井県の生まれ。実家は仕出し料理屋で少年時代から家業を手伝っていました。当時はまだ福井に洋食屋など無かった時代。ある日、地元に駐屯する陸軍の宿舎に配達に行くと、その日は陸軍記念日だったらしく、厨房には見たことも無い西洋料理が並んでいました。

その中のいくつかの料理を食べさせてもらい、その中でも「カツレツ」の美味しさに秋山少年は衝撃を受けました。西洋料理の虜になってしまった秋山は、その後東京の西洋料理店で修行した後、二十歳の時にシベリア鉄道に乗り込みパリへと向かいます。親に莫大な借金をしての、西洋料理修行への旅立ちでした。

本場パリでの修行、国家的使命のために帰国

大使館の紹介によってあるホテルの厨房で働き始めますが、当初は背が低い東洋人だということでからかわれたりバカにされたりします。しかし次第に日本で鍛え上げられた包丁さばきにより、厨房で一目置かれるようになります。

やがて料理の腕を買われ、当時フランス料理界の最高峰だったリッツホテルで働くことになり、人生の転機を迎えます。リッツホテルの料理長はオーギュスト・エスコフィエという「フランス料理の王」と呼ばれる人物で、彼の元で秋山はフランス料理の神髄を学んでいくこととなります。このリッツホテル、当時の欧州諸国の「料理外交」を支える晩餐会を任されていた格式あるホテルで、秋山は本場の晩餐会の雰囲気を肌で学ぶことになります。

その後、パリ修行三年目に大使館から、日本に戻り大正天皇の即位式の晩餐会の準備に取りかかって欲しいとの依頼を受け帰国。26歳の若さで宮中の料理長に就任します。

当時、アジア諸国の植民地化が進む時代背景もあり、世界各国からゲストが来る晩餐会の場で「日本が一等国である」ということを証明する必要がありました。国家の重責を担って、若き料理人・秋山徳蔵は日本へと帰国したのです。

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