【天皇の料理番】「日本大学法律学科」ロケ地は「博物館明治村・北里研究所」

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TBS系日曜日夜9時から放送のドラマ「天皇の料理番」より。第一回放送に登場した「日本大学法律学科」校舎のロケ地についてまとめます。

兄・周太郎が通う東京の「日本大学法律学科」

「日本大学法律学科」は、主人公・秋山篤蔵(佐藤健)の兄・周太郎(鈴木亮平)が通う大学で、周太郎は法学の教授・桐塚尚吾(武田鉄矢)に師事しています。周太郎は神田の「竜雲館」に下宿し大学に通っています。

ロケ地は「博物館明治村・北里研究所」


▲緑の壁面と三角屋根が印象的な「北里研究所本館・医学館」。
Photo by : Toby Oxborrow

第一話でも、周太郎が弟・篤蔵の行く先を心配して大学の教授室で桐塚に相談する場面がありました。この場面で登場した「日本大学法律学科」の洋館の校舎の撮影には、愛知県「博物館明治村」に保存されている「北里研究所本館・医学館」が使われています。

「北里研究所本館・医学館」はもともと東京都港区白金(芝白金三光町)にあったもの。大正4年(1915年)に「北里大学」の名でも知られる細菌学者・北里柴三郎によって建てられました。

建物は北里が留学していたドイツの研究所を模してつくられたドイツバロック風で、八角形の尖塔と正面玄関上の三角形をした「ギザギザの屋根」、それに緑色の壁面が印象的。広大な敷地の中に貴重な建築物が移築保存され見学出来る「博物館明治村」の中でも、可愛らしい建物として人気があります。

「花子とアン」修和女学校としても使われた

実はこの「北里研究所本館・医学館」は、昨年放送されたNHK連続テレビ小説「花子とアン」でヒロイン・安東はな(吉高由里子)が通う「修和女学校」の校舎としても撮影に使われています。その外観が繰り返しドラマに登場していたので、見覚えがある方もいると思います。

日大法学部 歴史

話を「天皇の料理番」に戻します。周太郎が通う「日本大学法律学科」ですが、当然のことながら実在の日本大学がモデルになっています。現在の日大法学部は明治22年(1889年)に皇典講究所内に設立された「日本法律学校」が前身です。

「日本法律学校」は明治36年(1903年)に大学組織となり日本大学と改称、現在に至ります。「天皇の料理番」第一話の時代は明治37年(1904年)ですので、ちょうど「日本大学」となった翌年の頃の話になります。

当時の校地は東京市神田区神田三崎町(現在の千代田区三崎町=JR水道橋駅すぐ南)にあり、この敷地は現在の日大法学部に継承されています。ドラマで秋山周太郎が住んでいる神田近辺から三崎町までは2キロ弱の距離で、十分に徒歩で通える距離と言えるでしょう。

「博物館明治村」DATA

所在地:〒484-0000 愛知県犬山市字内山1番地

TEL:0568-67-0314 FAX:0568-67-0358

電車・バス:『名鉄犬山駅』東口下車 「明治村行」バス20分 または
『名古屋「名鉄バスセンター」』・『栄』から明治村行バスが毎日運行

※営業日、入場料等は公式サイトをご覧下さい。
http://www.meijimura.com/

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