【とと姉ちゃん】モデル・大橋鎭子の生没年 何歳で亡くなる? あさ、マッサン、花子との年齢差は

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NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のヒロイン・小橋常子(高畑充希)のモデルとなっている、編集者、エッセイストの大橋鎭子氏。

この記事では、大橋鎭子氏の生きた時代(生年〜没年)と、近作朝ドラのヒロインモデルたちの生年、没年を比較します。

大正生まれ、戦後に活躍、平成に亡くなる

大橋鎭子氏は大正8年(1920)年、東京・麹町生まれ。一歳の時に父・武雄氏が北海道へ赴任したため、北海道に渡っています。6歳になった頃、父が肺結核と診断されたため、東京へと戻っており、その後は東京で育っています。

大橋氏は東京府立第六高等女学校(現在の都立三田高校)を卒業すると、「日本興業銀行」「日本読書新聞社」で働き、25歳前後で終戦を迎えた後に、自らの出版社「衣裳研究所(後に暮しの手帖社となり、現在に至る)」を立ち上げています。その後は雑誌「暮しの手帖」を中心とした仕事に生涯を捧げ、3年前の平成25年(2013年)に93歳で亡くなっています。

「とと姉ちゃん」では大橋氏の人生をモチーフとして、昭和初期(ヒロイン10歳前後)から物語が始まり、戦前〜終戦から高度経済成長期にかけてのヒロインの活躍が描かれます。

近作朝ドラヒロインたちの生年、没年は?

「ごちそうさん」(2013年)以降、NHK連続テレビ小説ではいわゆる「時代物」の作品が続いています。以下、近作朝ドラ主人公のモデルとなっている人物の生年・没年一覧を時代順にまとめてみます。



・広岡浅子(白岡あさ)=あさが来た
1849年(嘉永2年)生まれ、1919年(大正8年)没

・村岡花子(安東はな)=花子とアン
1893年(明治26年)生まれ、1968年(昭和43年)没

・竹鶴政孝(亀山政春)=マッサン
1894年(明治27年)生まれ、1979年(昭和54年)没

・卯野め以子(モデルなし)=ごちそうさん
1905年(明治38年)生まれ、没年不明

・大橋鎭子(小橋常子)=とと姉ちゃん
1920年(大正9年)生まれ、2013年(平成25年)没

あさの71歳年下、マッサンの22歳年下

これを見ると、「とと姉ちゃん」ヒロインモデル・大橋鎭子氏は「あさが来た」広岡浅子氏が亡くなった翌年の生まれ。広岡浅子氏は大橋氏の71歳年上、村岡花子氏は23歳年上、竹鶴政孝氏は22歳年上、卯野め以子は15歳年上ということになります。

広岡浅子氏は大正8年に亡くなっていますが、その他の人物はいずれも(明治〜)大正〜戦前、終戦、戦後にかけての激動の時代を生きており、朝ドラにとっては「お馴染みの時代」に活躍した偉人たちです。

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