【とと姉ちゃん】宗吉照代が語った森田屋のその後 まつは亡くなる

スポンサードリンク

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」7月28日(木)放送分より。高崎に移住していた森田屋の森田宗吉(ピエール瀧)、照代(平岩紙)夫妻が小橋家を訪ね、近況を報告しました。

この記事では、宗吉らの口から語られたその後の森田家の様子、近況などをまとめます。

約7年ぶりの再会

森田屋が経営状態の悪化から東京・深川を離れ、軍需に沸く高崎へと移ったのは、まだまだ戦争が激化する前の昭和15年末頃。

あれから7年ほどの年月が流れ、当時富江(川栄李奈)のお腹の中に居た赤ちゃんも、7歳になっています。宗吉と照代は高崎を切り上げ、再び東京で生活を始めるとのことです。

まつは亡くなり 長谷川は生きて帰還

宗吉と照代の口から語られた森田一家のその後、近況は以下の通り。

・宗吉は少し老けた
・高崎の家は空襲で焼けてしまった
・そこから生活を立て直すのに大変だった
・富江と結婚した長谷川(浜野謙太)は戦地に招集されたもののしぶとく生き残り、無事に帰還した
・富江の息子・松吉は7歳になった(「まつ」と「宗吉」から名前をもらった)
・まつ(秋野暢子)は戦後すぐに体調を崩して亡くなった
・松吉は宗吉照代に似ていないが、耳の形だけは宗吉に似ている
・宗吉はすっかり洋食に魅せられてしまい、東京で洋食屋を開こうと考えている
・宗吉、照代は「あなたの暮し」の大ファンで、毎号買っている


今後、宗吉は東京で洋食屋「キッチン森田」を開店します。キッチン森田には新メンバーとしてコックの南大昭(上杉柊平)が登場するなど、物語後半にかけてドラマを賑わせてくれそうです。

関連記事
【とと姉ちゃん】キッチン森田屋メニュー、値段一覧 高級店?当時の物価から推測
【とと姉ちゃん】「森田屋」が洋食屋「キッチン森田」として再登場

スポンサードリンク

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサードリンク

PAGE TOP ↑