【とと姉ちゃん】森田屋が高崎に移転!戦前は「軍都」として栄えた町

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NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第11週(6月13日〜)より。この週の放送において、仕出し屋「森田屋」が東京・深川の店をたたみ、群馬・高崎に移転する顛末が描かれます。

この記事では、森田屋が高崎に移転する理由と、戦前に「軍都」として栄えた高崎という町の特徴、歴史について簡単にまとめます。

森田屋が高崎に移転!その理由は

昭和15年(1940年)頃のこと。前年から施行された「価格等統制令」の影響もあり、森田屋の経営は日に日に悪化していました。そんな折、深川の商店会の寄り合いに参加した宗吉(ピエール瀧)・照代(平岩紙)夫婦は、まつ(秋野暢子)や滝子(大地真央)らも出席する中で、「深川の店をたたみ、高崎に移転しようと思っている」という衝撃的な発言をします。

高崎移転の決意の裏には、照代の姉が高崎で洋食店を開いて成功しているという地縁があるとともに、照代だけが知る大きな理由がありました。この時、愛娘の富江(川栄李奈)は長谷川(浜野謙太)の子を宿しており、生まれてくる子供のためにも軍需景気に沸き食料事情も良い高崎に移ることが最善と考えていたのです。

城下町・宿場町として栄えた高崎

中山道と三国街道の分岐点であり、江戸時代には高崎藩の城下町として栄えた高崎。

中山道有数の規模を誇る宿場町であり、交通の要衝ゆえに物資が集積する高崎は、古くから人と物が行き交う賑やかな場所でした(※群馬県は国内有数の蚕糸業・絹織物業の地としても発展)。

▼上越・北陸新幹線や主要道路が通り、今も交通の要衝である高崎。県庁を有する隣町・前橋とは遺恨もあるらしいですが…

軍都・高崎

昭和5年(1930年)に発生した世界恐慌は群馬県の経済にも打撃を与えますが、昭和12年(1937年)に日中戦争が勃発すると、高崎では軍需産業が勃興(高崎はもともと「歩兵第15連隊」「陸軍岩鼻火薬製造所」があり、軍との関係も深い)。積極的に工場を誘致した努力もあり、「商工業都市」に生まれ変わります。

高崎商工会議所などが中心となり、理研製機、理研電磁器、高崎航空器材、小島電気製鋼など軍需産業を中心に多くの工場が高崎に誘致され、労働者が集積したことで町も好景気に沸いたわけです。

高崎の空襲被害

森田屋一家が深川から高崎に移り住むのは、昭和15年〜16年頃のこと。東京・深川はその後(昭和20年)、「東京大空襲」で壊滅的な被害を受けることになります。

高崎も終戦間際に空襲を受けます(死者22名、焼失家屋700余)。ただし、深川や、死者700名余、焼失家屋1万余の被害を受けた隣町・前橋に比べると被害規模はやや小さく、恐らく森田屋の人々も難を逃れるのではないかと予想します。

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