【わろてんか】「大阪中央放送所」(JCBK)建物ロケ地、モデルまとめ

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NHK連続テレビ小説「わろてんか」1月19日(金)放送回に登場した「大阪中央放送所」について、外観撮影ロケ地となった施設(歩兵第六聯隊兵舎)などをまとめます。

ラジオを放送する「大阪中央放送所」

大阪中央放送所(JCBK)から出演オファーを受けた落語家・月の井団吾(波岡一喜)。ラジオ放送により落語を茶の間に届けるという手法に新しい時代の風を感じた団吾は、出演に猛反対する風太(濱田岳)の声には耳を貸さず、強行出演を決行します。

生放送当日、風太は放送スタジオがある「大阪中央放送所」で団吾を待ち伏せし、団吾を収録スタジオに入れさせないように見張るのですが、団吾はそれを欺くように京都の放送局に移動しており…。

外観撮影は「歩兵第六聯隊兵舎」

▼「博物館明治村」歩兵第六聯隊兵舎の説明ページ。画像をクリックするとリンク先に飛びます。


この日の放送で画面に登場した「大阪中央放送所」の建物の外観撮影には、愛知県犬山市にある「博物館明治村」に移築保存されている「歩兵第六聯隊兵舎」が用いられています。この「歩兵第六聯隊兵舎」は、もともとは名古屋市中区(名古屋城二の丸)にあったもので、明治6年(1873年)の建築とされます。

列強の脅威、倒幕、明治維新を経た時代の中で、日本陸軍の下に国内各地に設置された「歩兵聯隊」。そのうち、「歩兵第六聯隊」は名古屋に設置されたものです。

当時の明治政府は、フランス方式の軍事技術を採用していた江戸幕府の流れを受けて、軍事組織やその訓練法、それに兵舎等の軍事建築物の建築手法についても列強国・フランスから学んでいました。

こうした流れを受けて、明治6年に設置された「歩兵第六聯隊兵舎」はフランスの軍事建築物を基に設計がなされました。白い漆喰の壁が目を惹くシンプルな外観のこの建築物は、地震や火災にも強い強固な造り。鎮台(ちんだい)時代兵舎建築の遺存例としての価値も高く、平成16年(2004年)に国の登録文化財に指定されています。

内部は当時の下士官室や中隊長室などが再現され、木製ベッドや軍備品も並ぶなど、当時の軍人さんの生活が垣間見られます。Twitter上にも外観や内部の様子などの写真があがってますね。

大阪中央放送所 モデルはJOBK(現在のNHK大阪)

なお、「わろてんか」劇中に登場した大阪中央放送所(JCBK)は、現在のNHK大阪放送局の前身である「社団法人日本放送協会・大阪中央放送局」(JOBK)がモデルになっていると考えられます。

昭和5年(1930年)、月の井団吾のモデル人物である落語家・桂春団治(吉本所属)は高額の出演料に目がくらみ、ラジオ出演の禁を破って独断でラジオ出演を果たし(JOBK)、吉本興行の経営陣を激怒させています。

この時、吉本側の妨害工作を恐れたJOBKは大阪にあった放送局ではなく、京都の丸物物産館に特設されたスタジオから生放送を敢行。桂春団治は吉本経営陣を騙し討ちしてラジオ出演を果たしますが、これにより吉本側を怒らせてしまい(春団治は吉本に多額の借金があった)、自宅の家財一式に差し押さえ札を貼られてしまうという伝説の珍事件を起こしています。

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