【わろてんか】ヒロインモデル・吉本せいの生年・没年は?近作朝ドラモデル人物と時代比較

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NHK連続テレビ小説「わろてんか」のヒロイン・藤岡てん(葵わかな)のモデル人物である、吉本興業創業者・吉本せい。明治から昭和の激動を生きたその人生は朝ドラヒロインにふさわしいものと言えます。

この記事では、近作朝ドラヒロインのモデルとなった人物たちの「生きた時代」を比較してみます。

明治から大正、戦後までを生きた吉本せい

まず始めに、吉本せいの略歴をまとめます。

吉本せいは、明治22年(1889年)生まれで、夫・吉本泰三とともに吉本興業(旧・吉本興行部)を興した人物として知られます。

泰三・せい夫妻が初めて寄席「第二文藝館」を買収してお笑い事業(当時は落語が中心)を始めたのが、明治45年(1912年)のこと。その後、大阪の寄席を次々と買収して勢力を広めると、ついには上方落語界を「統一」。東京、名古屋にも寄席を持ち、多角経営を進めていきます。

大正13年(1924年)に泰三と死別しますが、現在のしゃべくり漫才の祖となった「エンタツ・アチャコ」をはじめ、漫才師を多く抱えた吉本は昭和初期の大阪娯楽界を席巻。大阪の象徴ともいえる通天閣(初代。その後焼失)を買収するなど、戦前の吉本は栄華を極めていきます。

昭和25年(1950年)、せいは60歳で死去。吉本は大阪の戦災で多くの寄席、演芸場を失いますが、せいの実弟で吉本の名物社長となる林正之助らの戦後の活躍により、吉本興業はこんにちの隆盛に至ります。

近作朝ドラ主人公の生きた時代



最近の朝ドラの主人公の生きた時代を、表にまとめてみました。

江戸時代末期から物語がスタートした「あさが来た」(広岡浅子=嘉永2年・1849年生まれ)は少し前の時代となりますが、「わろてんか」(吉本せい=明治22年・1889年生まれ)は、「花子とアン」(村岡花子=明治26年・1893年生まれ)「マッサン」(亀山政春=明治27年・1894年生まれ)の主人公たちとほぼ同時代を生きたことがわかります。

また、モデル人物こそいませんが「ごちそうさん」の卯野め以子も明治38年(1905年)の生まれで「大大阪時代」を生きており、同時代の人物といえます。

そして、大正期の生まれで戦後に活躍したのが、「べっぴんさん」すみれのモデル・坂野惇子であり、「とと姉ちゃん」常子のモデル・大橋鎭子。彼女たちが活躍を始めた戦後すぐの時代には、吉本せいはすでに晩年を迎えていたことになります。

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