【わろてんか】本名「北村藤吉郎」と芸名「北村藤吉」 モデル人物にも二つの名前が

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NHK連続テレビ小説「わろてんか」で松坂桃李が演じている北村藤吉。

この藤吉の本名は「北村藤吉郎」というのですが、そのあたりの経緯、名前の使い分けなどをまとめます。

「北村藤吉」は本名ではない

幼い日に出会って以来、「北村藤吉」が藤吉の本名だと思っていたてん。しかし、第3週・10月17日の放送回において、藤吉の本名が別にあることをリリコ(広瀬アリス)から教えられます。

リリコいわく、藤吉の本名は「北村藤吉郎(きたむら・とうきちろう)」であり、旅芸人として全国を飛び回っているというてん宛の手紙の内容も、全部ウソ。本当は大阪船場の米問屋のボンボンであり、ただの放蕩息子だというのです。

太閤秀吉が命名由来

第4週・10月23日放送回では、藤吉の母・啄子(鈴木京香)の口から、藤吉の本名「藤吉郎」の命名由来が語られました。

「藤吉」という名は、芸人として活動をする際に本人が勝手に名乗った「芸名」。一方、本名の「藤吉郎」は、豊臣秀吉がかつて名乗った名「木下藤吉郎」にちなむもので、船場の町をつくった太閤秀吉(※)のように、商いの世界で天下を取って欲しいという母の願いが込められていたのです。

(※)太閤秀吉による大阪の町づくりの様子は、ブラタモリ「大阪編」でとりあげられていましたね。

「吉本吉兵衛」と「吉本泰三」二つの名前

藤吉のモデル人物である吉本興業創業者・吉本吉兵衛も、本名とは別の名前「泰三」を通称として用いていました。

「吉兵衛」という名前は、荒物問屋「箸吉」を営む吉本家の当主が代々名乗ったもので、吉兵衛も父から家督を受け継ぐと、「吉本吉兵衛」を名乗っています。

ところが、経営不振(※吉兵衛が商いにまったく身を入れられなかったことも影響)により「箸吉」が廃業となり、夫婦で寄席を営むことを決意することになると、老舗商家として誇りを持っていた実家の吉本家はこの起業に大反対(※一流の商家から見れば、寄席経営事業はまだまだ身分が低い職業と見られていた)。

実家から勘当同然の扱いを受けた吉兵衛は、これを機会に(戸籍はそのままながら)吉兵衛の名を封印し、通称である「泰三」を名乗り始めたのです。「泰三」を名乗ることは、自身の身の丈にさっぱり合わなかった「老舗商家当主・吉本吉兵衛」との決別でもあったのでしょう。

寄席経営とともに「藤吉」に?

ドラマ「わろてんか」において「藤吉」「藤吉郎」の二つの名が登場しているのは、モデル人物・吉本吉兵衛の名前に関するエピソードが拾われているものと考えます。

史実を踏襲するならば、老舗米問屋「北村屋」の廃業とともに「北村藤吉郎」の名は封印され、通称(芸名)である「北村藤吉」を名乗って寄席経営の世界に飛び込むことになるのでしょうか…。

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