ごちそうさんウンチク・市場の人たちが「フグ」と呼ばず頑なに「テッポウ」だと言い張った理由

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12月26日放送分の「ごちそうさん」第76話にフグが登場した場面で、少々わかりずらいやり取りがあったので補足してみます。

市場にやって来ため以子と照生の兄弟が、肉屋の店内に置かれたフグに遭遇した場面。

肉屋の大将、女将、それに八百屋の女将が妙に挙動不審で、ドギマギしている描写がありましたが、真意は読み取れましたでしょうか。あの場面、当時の大阪庶民がフグに対してどう接していたかが読み取れる場面だったのです。

当時の大阪はフグ食が禁止されていた

実は大正12年当時、大阪ではフグ食は表向き禁止されていました。もちろん、その毒により死者が相次いでいた、大変危険な食べ物だからです。

▲今でこそ大阪名物であるふぐ料理も、当時は食べてはいけなかった
Photo by: ume-y

武庫川からあっち=兵庫県以西

フグ食は明治22年に山口県で全国で初めて解禁されます。当時、下関でフグを食べた伊藤博文があまりの旨さに感激し、山口県のみでフグ食を解禁した、という俗説があります。その後、大正7年に兵庫県で解禁となります。

大阪でフグ料理が解禁となるのは昭和16年になってからのこと。「ごちそうさん」の劇中で八百屋の女将が「武庫川からあっちでは売ってますさかいな ちゃんとした人がさばけば、まず当たる人はおまへん」とドギマギ言ったのは、兵庫県より向こうなら解禁していたという意味です。

テッポウは隠語 フグ食禁止の名残が現代の言葉にも残る

また、め以子の「フグだー」という無邪気な感嘆に対し、肉屋の大将が「フグちゃうちゃうちゃう。これな、テッポウっていう魚や。買うてきたんちゃうで、落ちてあったんを拾うてきたんや。」と必至に言い直していた描写がありました。

「テッポウ」はフグ食が禁止されていた関西において、隠語として使われていた呼称。「当たれば死ぬ」ことからテッポウ(鉄砲)、あるいはテツと呼ばれていました。

「え、でもフグですよね…」と相変わらず物分かりの悪いめ以子に対し、さすがは料理人の卵である照生が「そう言っておこうって話だよ」と諭します。つまり、表向きはフグは食べてはいけなかったけれど、「テッポウ」という隠語でオブラートに包みながら、裏でこっそり市民は食べていた、という描写だったわけです。

そのあたりの経緯は、あの場面描写だけでは解りづらかったのではないかと思います。

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