周造・辞世の句「まだまだとおもいすごしおるうちに…」の元ネタ

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6月13日放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」より。この日の放送で安東はな(吉高由里子)の祖父・周造(石橋蓮司)が亡くなりましたが、その「辞世の句」がどこかで聞いたことのあるものでした。

しゅうえもん しゅうざえもん

子供の頃からいつも変わり者のはなを優しく見守っていた周造。はなが自分のことを「花子と呼んでくりょう!」と言い出した時も、家族が相手にしない中、周造だけは優しくその話を聞いていました。亡くなる直前の周造は、この時のことを思い出してはなに対してこんなことを言っていました。

「はなはボコ(子供)の頃言ったら(言っただろう)。自分が周造じゃなく周右衛門(しゅうえもん)や周左衛門(しゅうざえもん)になったと思ったら景色がちごうて見えるって」

「はなに言われてからわしゃあ 時々”周左衛門”になってみるだよ。そうすると、はなの言ったとおりワクワクしてくるだ。はなの夢見る力がわしにも伝わるだなあ」

▲甲府から見える富士山こそが「表富士(おもてふじ)」だと譲らなかった周造。婿の吉平がそれを「裏富士(うらふじ)」と言ってしまったことも、二人の仲がこじれた原因らしい(笑)

周造がはなに贈る最後のメッセージ

そして、はなに人生の指針となるような以下の言葉を贈ります。

「はな、めっけた(見つけた)夢は夢中になっておっかけろし。この手でわしらの作れんものをつくってくれちゃ。たんぽぽの目、じいもでえすき(大好き)じゃ」

はなにメッセージを伝えると周造は安心したのか、甲府に初雪が降った日に静かに息を引き取ります。亡くなる直前、周造は自宅縁側でひとり、以下の句をつぶやきます。

周造・辞世の句 まだまだと…

まだまだと おもいすごし おるうちに はやしのみちへ むかうものなり… しゅうざえもん

この句は第4回放送において、高熱で瀕死の状態となった「神童」はなが詠んだ辞世の句です。周造は人生の最後に、はなが詠んだ句をつぶやき、人生の幕を閉じたわけです。

▼村岡花子が7歳にして辞世の句を詠んだというエピソードは「アンのゆりかご」に書かれています。

この句は、はなのモデルとなった村岡花子が7歳の時に大病を患い、実際に詠んだ辞世の句です。漢字で書くと、 

まだまだと 思い過ごし おるうちに はや死の道へ 向かうものなり

となります。7歳にして「林」と「早死」を掛けるあたり、村岡花子の神童ぶりがうかがえます。

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