蓮子の子供・純平 少年航空隊に志願

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8月28日(木)放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」より。

時代は少し進み、昭和13年(1938年)になっています。

宮本龍一(中島歩)と蓮子(仲間由紀恵)の息子・純平(大和田健介)と娘・富士子(芳根京子)も成長し、学業に勤しむ日々。しかしこの頃から次第に、世間に戦争の空気が蔓延し始めます。その空気は純平の今後の人生を左右するものとなっていきます。

「少年航空隊」入隊を希望する純平

ラジオ放送が伝える日中戦争の戦況や、軍隊の勇ましい報告。そうした世の中の風潮に呼応するように、純平は「僕も早く軍人になりたい」と母に語るようになります。

15歳から試験が受けられるという「少年航空隊」(志願制。教育を受けた後に下士官となり、戦地に従軍)に入隊したいという純平に対し、蓮子は「ダメです」とキッパリ。息子が戦地へ向かうことを許しません。

今後「花子とアン」は戦争の時代へと本格突入し、純平、美里(岩崎未来)らの若い世代が戦争の渦中へ巻き込まれていくことになります。花子(吉高由里子)や蓮子らは、母として懸命に子供たちを守ろうとします。

以下、宮本純平のモデルとなっている人物・宮崎香織(柳原白蓮の息子)の人生についてネタバレがあります。ご注意下さい。

宮崎龍介と白蓮の息子・香織

宮崎龍介と燁子(白蓮)との間に生まれた息子・香織。1944年、早稲田大学政経学部に属していた香織は、いよいよ戦局が厳しくなると「学徒出陣」によって駆り出され、陸軍に入隊します。

龍介・燁子夫妻によって大切に育てられた香織でしたが、終戦からわずか4日前の1945年の8月11日、鹿児島県串木野市の基地で米軍からの爆撃を受けて戦死しています。わずか23歳でした。

香織の戦死公報を受け取った燁子は、この報を信じず、公報を捨てたそうです。燁子はショックのあまり髪が真っ白になってしまったと伝えられています。

「花子とアン」の宮本純平は自ら「少年航空隊」に志願し、やがて戦地に向かうことになりそうです。

史実では大戦末期、「少年航空兵」から巣立った若者の中から「特攻隊」が多数選抜され、亡くなった者も多かったそうです。

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