村岡儆三と花子が結婚式を挙げたカトリック築地教会 「花子とアン」では甲府で挙式

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」第16週より。

甲府の安東家に結婚の申し込みの挨拶に向かった村岡英治(鈴木亮平)。英治は前妻・香澄(中村ゆり)を病気で亡くしていることから父・吉平(伊原剛志)との間で一悶着ありましたが、無事に吉平ならびにふじ(室井滋)から結婚の許しを得ます。

阿母里基督教会・書庫(図書室)で挙式

晴れて夫婦となる許しを得た二人は、はなが「一番好きな場所」だという地元甲府の阿母里基督教会の書庫(図書室)に向かいます。その場所は、はなが子供の頃から夢中で読書をし、夢への第一歩となる童話を執筆した思い出の場所。

書庫の雰囲気を気に入ったのか、英治がひらめいたように「ここで結婚式を挙げよう」と提案し、それを聞いたはなも驚きながらも、嬉しそうに承諾します。

教会の書庫は朝市にとっても思い出の場所

この教会の書庫は、英治の恋敵(?)である朝市(窪田正孝)にとっても、幼い頃からのはなとの思い出がたくさん詰まった大切な場所。

その場所で結婚式を挙げるとなると朝市の心中は穏やかではないのでは?とも予想されますが、ともあれ、書物が縁で結ばれた二人の門出には相応しい場所と言えそうです。

※7月16日追記:放送された内容を見ると、どうやら挙式は教会書庫では行なわれず、どこかの座敷(徳丸家?)で行なわれていたようですね。「ここで結婚式を挙げよう」という英治の言葉とは少々違う演出だったようです…。

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儆三と花子は「カトリック築地教会」で挙式


▲カトリック築地教会。東京で比較的早い段階から日本人のために開かれていた教会として知られる。
※画像はWikipediaより転載。

英治とはなのモデルとなった村岡儆三と花子は、出会ってから満6ヶ月と16日という早さで、東京の「カトリック築地教会」で結婚式を挙げています。

「カトリック築地教会」は明治7年(1874年)に創設された歴史ある教会で、現在も東京都中央区明石町5-26に存在します。大正12年(1923年)に関東大震災で焼失しますが復興は早く、大正15年(1926年)には新聖堂が建設され始めています。

現在の聖堂は木造モルタルながら古代ギリシャの神殿を模しており、「東京都選定歴史的建造物」および東京都中央区の「区民文化財」に指定されています。

儆三は大声で花子を幸せにすると誓った

ドラマ原案の「アンのゆりかご」(新潮文庫)によれば、儆三は、結婚式で牧師から「あなたはこの女子をめとり、終生変わらず愛するか?」と聞かれると、大きな声で「はい!」と答えたそうです。

現代の結婚式であれば「誓います!」と男性が大声で返答しそうなものですが、当時としてはそうした大声での返答が珍しかったのか、牧師並びに周囲の参列者は大いに驚いたそうです。それだけ儆三は花子のことを幸せにするとの決意を抱いていたのでしょう。

新婚旅行は箱根に、新居は大森に構える

式の後、二人は箱根に新婚旅行に向かいます。そして数ヶ月の借家住まいの後、東京・大森の新井宿(現・大田区中央)に居を構えます。結局、この場所が二人にとっての終の住処となるのです。

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