村岡花子・儆三夫婦の「子供」たち 命日・誕生日の偶然の一致

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」のモデルとなった村岡儆三・花子夫妻に関わる「三人の子供」について、以前「村岡儆三・花子(英治・はなのモデル)夫婦の子供は何人いた?」の記事でまとめました。

この三人の子供の「命日」と「誕生日」には、不思議な偶然の一致が存在します。

「三人の子供」とは、儆三と前妻・幸との間に生まれた男児「嘉男」(ドラマには登場せず)、儆三と花子との間に生まれた男児「道雄」(ドラマでは歩)、それに花子の妹・梅子の娘であり儆三と花子が養子として迎え入れた女児「みどり」(ドラマでは美里)の三人です。

このうち、前妻との子・嘉男は養子に入った水上家で関東大震災に遭い7歳で死亡、道雄は疫痢にかかって5歳で死亡しています。みどりは元気に育ち、後に子孫も残しています。

嘉男と道雄の命日は同じ9月1日

少し背筋が冷えるような話になりますが、大正12年(1923年)に関東大震災で亡くなった嘉男の命日と、大正15年(1926年)に疫痢により亡くなった道雄の命日は同じ9月1日です。

ドラマでは描かれませんでしたが、儆三と花子は実質「略奪愛」により結婚した夫婦。花子は道雄が亡くなった時に、こうした経緯が頭をかすめ、以下のように考えたそうです。

これは儆三が病気の妻と幼い子供から離れたこと、それに彼らから儆三を奪った自分に対する神の制裁ではないか…。

関東大震災では儆三の実弟・斎(郁弥のモデル)や実妹・雪子(ドラマには登場せず)も亡くなっており、「9月1日」は村岡家にとって悲しい日です。

道雄とみどりの誕生日は同じ9月13日

そしてもうひとつの偶然の一致。こちらは花子にとっては希望の光となる偶然でした。

亡くなった実子・道雄の誕生日は大正9年(1920年)の9月13日。そして妹・梅子がみどりを産んだのが昭和7年(1932年)の9月13日。

大森の家で梅子の家族らと共に暮らしていた花子は、梅子の娘・みどりと晴子を大変に可愛がったそうです。道雄の死後、子宝に恵まれなかった花子にとって、姪っ子の存在はかけがえのないものになっていきます。

中でも、道雄と同じ誕生日に生まれて来たみどりに対し、花子は何かの縁を感じ取ったのでしょう。梅子夫婦に対してみどりを養子として迎えたいとを願い出ています。

ドラマでも、ももの娘・美里と亡くなった歩は同じ9月13日が誕生日。この偶然に対し花子は何らかの縁を感じ始めます。

みどりの娘は作家・村岡恵理

梅子夫婦から笑顔とともに願い出を受け入れられた花子は、みどりを大切に育てあげます。後にみどりが産んだ子の一人が、「花子とアン」の原案となる「アンのゆりかご」を書き上げた作家の村岡恵理です。

ドラマ「花子とアン」の誕生には、道雄から繋がっている「縁」のようなものが存在するのです。

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