甲府から救援部隊(吉平朝市ら)が五日で到着 甲府東京間の距離は120km超

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関東大震災が発生し、東京地方が大混乱に陥っている8月1日(金)現在放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」。

吉平、朝市、武が救援のために東京へ

村岡花子(吉高由里子)の故郷・甲府でも震災発生の一報は入っていました。しかし父・吉平(伊原剛志)や幼馴染みの朝市(窪田正孝)らは花子らの安否や被災地の様子がわからず、居てもたってもいられません。

当時の東京の新聞社は活字ケースが倒れたり社屋が焼失したりして、報道機関としての機能を失っていました。最も早く復旧した新聞は、9月5日の東京日日新聞夕刊。関東以外の地域では「東京全域が壊滅・水没 した」などとデマの報道も多く流れました。

そこで吉平、朝市、それに徳丸武(矢本悠馬)の三人は、安否の確認、それに食料を届けることを目的とし、東京へと旅立ちます。震災直後に甲府の徳丸家を出発した三人は大八車を引きながら歩き通し、震災発生の五日後に村岡家のある東京・大森に到着します。

男三人のコント風救援

基本的に「花子とアン」ドラマ上における「関東大震災」の描写はシリアスタッチなのですが、どうもこの三人が出てくるとコント仕立てになってしまいます。一部ネット上では、甲府から大荷物を引きながら五日で着くわけがない!とのツッコミもありましたが、その辺はご愛嬌ということでしょうか(笑)。

ついでですので、甲府から大森までの距離も調べてみました。

甲府〜東京・大森間は120〜130km 悪路、峠道

甲府から大森までは、道なりにおおよそ120キロ~130キロ程度の道のり。道中クネクネ道も多いですから、実質150キロ程度でしょうか。

一日30キロ進めば、五日で到着する計算です。正月の箱根駅伝では片道100キロほどを半日かからずに走破しますので、物理的に不可能とは言い切れないでしょう。

ただし、当時の甲府・大森間の道は相当の悪路だったと思われます。

基本的に甲府から東京までは甲州街道(現在の旧甲州街道)一本で来られるのですが、山梨県の東部・大月から東京の八王子に抜けるまでの道は山岳地帯を縫うように道が造られ、道中には険しい峠道もあります。大正当時の道の悪さに加えて、震災による大混乱によって、都内の道路は大混乱だったものと思われます。

…うっかり大真面目に検証してしまいました。

甲府の面々自体がフィクション

そもそも「甲府の父・吉平」「幼馴染みの朝市」という存在自体がフィクション。実在の花子の父・逸平は甲府に居づらさを感じ、花子の幼少期に一家で東京・品川に移住しています。「朝市」という好青年も実在しません。

「花子とアン」では物語の進行上、時々は甲府の人々を絡ませなければならず(笑)、たまには吉平たちに上京してもらわないと困るわけです。

というわけで、甲府の登場人物たちの行動にはあまりリアリティを追求していないのかも知れませんね(笑)。

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