【花子とアン】美里のモデル・村岡みどりってどんな人?

スポンサードリンク

NHK連続テレビ小説「花子とアン」第22週から登場する、益田もも(土屋太鳳)の娘・美里(岩崎未来→三木理紗子)。

花子(吉高由里子)は美里と接しているうちに、忘れていた「母性」が再び湧き出る感覚を覚えます。

特に美里の誕生日が亡くなった息子・歩(横山歩)と同じ9月13日だったこともあり、美里に対し深い愛情を抱くようになります。ももの厚意もあり、やがて美里は英治・花子夫妻の養女として村岡家に迎え入れられます。

この記事では美里のモデルである実在の人物、「村岡みどり」について簡単にまとめてみたいと思います。

花子の養女として育てられる

みどりは村岡花子の妹・梅子と画家・坂田巌の長女として生まれます。亡くなった花子の長男・道雄と同じ9月13日の生まれ。梅子と巌の間にはもう一人、晴子(ドラマでは直子として登場)という女の子が次女として生まれています。

みどりは村岡儆三・花子夫婦の養女となり大切に育てられることになります。

みどりは亡くなった道雄のことを「お兄ちゃま」、花子のことを「お母ちゃま」「お母様」と呼び、儆三と花子の「本当の娘」として大切に育てられました。

東洋英和に進学 海外の文学に親しむ

昭和22年、花子の母校である東洋英和女学院の中学部3年に編入。その後青山短大から四年制の大学に進みました。大学では英文科に所属し英米の諸文学に親しんだそうです。このあたりは母方「安中家」の血筋でしょうか。

みどりは大森の自宅に開いた「道雄文庫ライブラリー」(近所の子供たちが自由に本を読める小さな私設図書館)の管理者、花子の秘書役などを買って出て、母・花子のすぐ側で文学に触れながら生活を送ります。

結婚し美枝、恵理を生む

やがて物理学者の佐野光男と結婚。昭和35年(1960年)に長女・美枝を、8年後には夫の新しい研究先となったアメリカで、次女・恵理を生んでいます。

長女・美枝は翻訳家(「アンの想い出の日々」などを翻訳)として、次女・恵理は作家(「花子とアン」の原案となっている「アンのゆりかご」などを執筆)として活躍しています。

みどりは、花子が亡くなる前年には花子にとって初となるアメリカ旅行を実現させるなど、花子が亡くなるまで終生「良き娘」であったようです。
(敬称略)

関連記事
ももの長女・美里、英治・花子の養女になる 戦前の養子縁組事情とは?
【花子とアン】養女・美里に出生の秘密・経緯が明かされる

スポンサードリンク

スポンサードリンク

スポンサードリンク


朝ドラ、NHK番組の見逃しはU-NEXTがおすすめ!
PAGE TOP ↑