軍師官兵衛・毛利が陣を構えた英賀御堂と英賀城周辺めぐり【ロケ地】

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第10回放送のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」は、「蒙古襲来」ならぬ「毛利襲来」。毛利の大軍が小寺氏を討つべく、播磨に上陸した様子が描かれました。この毛利軍が上陸した地点が「英賀」(あが)です。ドラマではCGにより大量の船が英賀の港に押し寄せる様子が描かれていました。

毛利軍が5,000という大軍で海から上陸したのは、現在の姫路市飾磨区中浜町のあたり。現在は埋め立てにより陸地化が進みその面影はありませんが、当時の一帯は田井ヶ浜と呼ばれ、英賀城下の港がありました。

英賀には浄土真宗本願寺の門徒たちの拠点である「英賀御堂」(あがみどう)があり、街は本願寺の西の拠点、自由都市として繁栄していたと言います。

以前は英賀寺内町にあり、英賀御堂と呼ばれた「英賀本徳寺」。その英賀御堂の遺構も現在は川底に沈んでしまっています。現在本徳寺は1580年に亀山の地に移され、「亀山御坊本徳寺」と呼ばれています。境内には、英賀御堂から移された「釣り鐘(市指定文化財)」「飾瓦」「法 宝物(ほうほうもつ)」などが残ります。

▼旧・英賀本徳寺(英賀御堂)跡碑=(明蓮寺境内)

▼1580年に移転した現在の亀山御坊本徳寺(山陽電鉄本線亀山駅下車すぐ)

 

絶対的に不利な「英賀の戦い」農民も総出

「毛利来襲」こと英賀の戦いではこの英賀御堂に、本願寺を支援する毛利の本陣が置かれ(=劇中で栗山善助が夜の本陣に潜入し、情報収集をする場面がありました)、ここから北東にある姫路の黒田と御着の小寺を攻め立てようとしました。

毛利5,000の兵に対し、官兵衛側の手勢は城の守備を除くとわずかに500程度。明らかな劣勢の中で官兵衛が講じた策が、「ハッタリ」とも言える「戦力を大きく見せる」戦術でした。

兵力の差から毛利軍が油断していることを知った官兵衛は、まずは正面から毛利に攻め入ります。混乱する毛利兵を斬りつけ、素早く一時退散。続いてすぐに第二陣として同じ兵を休む間もなく突撃させます。これにより、毛利軍は官兵衛側に新たな援軍が現われたかのような錯覚を起こします。

そしてドラマでも描かれましたが、幟を持ち、太鼓やホラ貝をかき鳴らす農民たちを後方に動員。この人影、気配を目にした毛利軍は、更に大量に官兵衛側に援軍が控えていると勘違いし、慌てて敗走を始めます。

圧倒的劣勢の中、官兵衛の策士ぶりが見事に炸裂したのがこの「英賀の戦い」であり、戦果の報告を受けた信長は官兵衛を賞賛する書状を送っています。英賀の合戦で、信長の官兵衛に対する信頼は更に高まったのです。

▼住宅街に残る「英賀城本丸之跡」(飾磨区中浜町)

▼英賀神社(英賀城土塁跡が残るほか、官兵衛を主人公にした司馬 遼太郎の『播磨灘物語』の文学碑などがあります。)

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