「国立栄養研究所」でお墨付きをもらうまんぷくラーメン

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NHK連続テレビ小説「まんぷく」より。まんぷくラーメンは国立栄養研究所からのお墨付きをもらい、栄養満点の画期的な商品として売り出すことになります。

国立栄養研究所は実在した組織で、現在も後継の組織が「トクホ」の成分分析などに関わっています。

「国立栄養研究所」でお墨付きをもらう

1958年(昭和33年)。ついに販売を開始したまんぷくラーメンでしたが、斬新すぎる商品コンセプトだったためか、なかなか売上はあがりませんでした。

そこで福子は、まんぷくラーメンが栄養満点であることがお客に伝われば良いのではないかと考え、「お偉いさんのお墨付き」をもらうことを提案します。

萬平はさっそく旧知の仲である大阪大学の近江谷教授から「国立栄養研究所」の紹介を受けると、同所にまんぷくラーメンの栄養分析を依頼。

その結果、まんぷくラーメンからは様々な栄養成分が検出され、「まんぷくラーメンを栄養食品として推奨する」という同所のお墨付きをもらうことになるのです。

チキンラーメンもお墨付きをもらった

萬平のモデル人物である日清食品創業者・安藤百福氏は、1958年に「チキンラーメン」を発売させています。

やがてチキンラーメンを食べた顧客から「精がつく」「肌にツヤが出る」といった声が寄せられるようになったため、百福氏は「国立栄養研究所」の当時の所長・有本邦太郎(ありもと・くにたろう)氏に栄養成分の分析を依頼しています。有本氏は戦後の早い時期から百福氏に対し即席麺の研究をすすめてくれたという、旧知の人でした。

その結果、チキンラーメンの原材料である鶏のトサカや肋骨の鶏ガラからは、様々な栄養成分が検出されたそうです。

当時はまだまだ栄養食品が足りていなかった時代。栄養豊富な「チキンラーメン」は厚生省から「妊産婦の健康食品」の推奨を受け、1960年にはビタミンB1、B2を添加した商品が厚生省から「特殊栄養食品」の認可を受けるなど、栄養食品としての商品イメージを得て売上を伸ばしていきます。

国立栄養研究所は現在の「国立健康・栄養研究所」

百福氏が栄養分析を依頼した国立栄養研究所は、1914年に日本の栄養学の父・佐伯矩(さえき・ただす)が設立した私立の栄養研究所(世界初の栄養学研究機関)が母体となっています。

同研究所は現在は統合・改変が進み、「国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所」傘下の「国立健康・栄養研究所」となっています。

前出の当時の所長・有本邦太郎氏は1898年、和歌山県の出身。京都帝大を卒業後に東京市衛生試験所技手に就くと、1940年に労研栄養研究部長、1946年には厚生省に新設された栄養課の初代課長に抜擢され、栄養学分野のスペシャリストとして経験を重ねています。

1951年から1965年までは国立栄養研究所の第四代所長に就任。安藤氏が「チキンラーメン」を完成させて栄養分析を依頼したのは、ちょうどこの就任期間にあたります。

有本氏は神奈川県立栄養短大名誉教授を務め、財団法人国民栄養協会(現在は任意団体「国民栄養協会事業部」)が設置していた「有本邦太郎賞」に名を残すなど、栄養学の発展に大きく貢献しています。

日清食品の「トクホ」

現在、日清食品グループでは「サイリウムヌードル」「サイリウムコーンフレーク」「ピルクル」などの商品が「トクホ(特定保健用食品)」に認定されています。

トクホの成分分析や製品の検査(許可試験)は、国立栄養研究所の後継組織である「国立健康・栄養研究所」(あるいはその他の登録試験機関)で行っています。

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