「青天を衝け」烈公・徳川斉昭 竹中直人は「軍師官兵衛」の秀吉以来の大河出演

NHK大河ドラマ「青天を衝け」で竹中直人が演じている水戸藩主・徳川斉昭(とくがわ・なりあき)の人物像、簡単なプロフィールなどをまとめます。

「烈公」徳川斉昭を竹中直人が熱演

NHK大河ドラマ「秀吉」「軍師官兵衛」でいずれも豊臣秀吉役を演じ、視聴者に強烈な印象を残した俳優・竹中直人

「青天を衝け」で竹中直人が演じる徳川斉昭は、激烈な思いで「日の本の国」を愛し、時に諸外国に対し過激な言葉を口走るなど、エキセントリックさと気性の荒さを持つ男です。

「青天を衝け」では斉昭の攘夷思想が周囲に及ぼす影響、暑苦しいほどに愛情を注ぐ七男・慶喜の将軍就任への期待、そして井伊直弼との対立による失脚(安政の大獄)など、「烈公」と呼ばれる斉昭の激動の日々が描かれていきそうです。

強い攘夷思想 徳川斉昭

徳川斉昭は、水戸藩第7代藩主・徳川治紀の三男として寛政12年(1800年)に生まれています。第8代藩主となっていた長兄・斉脩(なりのぶ)が亡くなると、斉昭が家督を継いで第9代水戸藩主となっています。

子供の頃から水戸学藤田派の学者・会沢正志斎(あいざわ・せいしさい)のもとで、儒学思想・国学・史学・神道等日本の伝統文化を重視する水戸学を学んでいた斉昭。

藩主の座に就くと、水戸学の教えをベースに積極的な藩政改革を敢行していきます。斉昭は藩財政の建て直しとともに、藩校・弘道館を設立して人材育成を積極的に推進。水戸学が各地に広がるキッカケを作るなど、攘夷思想の盛り上がりに大きな影響を及ぼしています。

また、寺院の釣鐘や仏像を没収して大砲の材料にあてがうなど仏教を抑圧し、神道を重視。「青天を衝け」第1話でも描かれたように、これらから鋳造した大砲を使い「追鳥狩り」と称する大規模な軍事演習を実施するなど、西洋式の軍備を取り入れつつ、欧米列強への警戒を強めています。※渋沢栄一の従兄・尾高惇忠も斉昭の追鳥狩を実際に見物して水戸学に興味を持っています。

井伊直弼との対立、失脚

ペリーが浦賀に来航し老中首座・阿部正弘の要請により海防参与として幕政に関わるようになると、強硬な攘夷論を一貫して主張。阿部の死後に堀田正睦が老中首座に君臨すると、次第に開国論を推す井伊直弼と対立を深めていきます。

また、井伊直弼は第13代将軍・徳川家定の継嗣問題において血統重視の立場から紀州藩主・徳川慶福を推しており(南紀派)、実子・一橋慶喜を推す家斉ら(一橋派)とここでも対立していきます。

これに加え、孝明天皇による戊午の密勅が水戸藩に下されたことが決定的となり、激怒した井伊直弼は斉昭に対し永蟄居を命じます。これにより政治生命を絶たれた斉昭は、蟄居中の水戸で急逝をしています(1860年)。

息子の慶喜が第15代征夷大将軍の座に就いたのは、斉昭が亡くなって7年後の1867年(慶応2年)のことでした。

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