【とと姉ちゃん】創業の地・住吉ビル モデル・日吉ビルは銀座のどこにあった?

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NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で、「あなたの暮し出版」の創業の地となった東京・銀座の「住吉ビル」。鞠子と美子が足を使って探しまわった、思い入れのある物件です。

この「住吉ビル」のモデルである「日吉ビル」(「暮しの手帖社」創業地)もまた、銀座にありました。この記事では、これらのビルについてまとめます。

鞠子、美子が見つけ出した銀座「住吉ビル」

出版社創業を決意した小橋一家は、これまでの蓄えと借金によってお金を工面し、限られた予算の中で事務所として使える物件を探していました。

場所は「我々は無名な出版社だ。銀座に事務所があるというだけで読者は信頼してくれるものさ」という花山(唐沢寿明)の意見により、銀座で探すことに(実際、「日の出洋裁学校」校長・小山内節子は銀座に会社があるというだけで信用した)。

そして鞠子と美子が見つけ出したのが、東京都中央区銀座西五丁目三十五番地にある「住吉ビル」でした。言い値で1600円だった家賃は、鞠子が交渉の際に機転を利かせたこともあり、1400円まで値切ることに成功。

ビルの一室でスタートから「あなたの暮し出版」ですが、会社の成長とともに社屋の面積も拡大していきそうです。

「暮しの手帖社」は銀座八丁目「日吉ビル」で創業

「あなたの暮し出版」のモデル会社である「暮しの手帖社」(創業時は衣裳研究所)もまた、「発行所は銀座がいい」との花森安治の意見を取り入れ、東京・銀座の地で創業しています。

銀座西八丁目(現在の銀座八丁目、銀座地区の南西端)、新橋駅にも近い川沿い(現在は埋め立てられ高速道路になっている、「土橋」のたもと)にあったというレンガ造りの「日吉ビル」は、大橋家の次女・晴子が、当時勤務していた保険会社の仕事の合間をぬって探し出した物件でした。

偶然にもこの「日吉ビル」は大橋家とご近所(大井町)だった名川弁護士所有のもので、鎭子らは直接近所の名川氏を訪ね、ご近所のよしみもあり、部屋を借りることに成功しています。

会社の成長とともに広がる社屋

昭和21年、日吉ビル三階の八坪ほどのスペースからスタートした「衣裳研究所」は、社員の増加とともに昭和26年頃には三階の全フロアを借りるようになります(この時期に「暮しの手帖社」に社名変更)。

そして昭和28年にはより広い土地を求め、港区東麻布3丁目に「暮しの手帖研究室」(花森設計による)を建設。その後、土地を買い増しつつスタジオ、実験室、編集室などを充実させ、次第に銀座からこの東麻布に会社の機能を移していきました。

※現在の「暮しの手帖社」社屋は東京都新宿区北新宿1丁目にあります。

▼「東京高速道路」がカーブを描く、現在の「土橋交差点」あたりが「日吉ビル」のあった場所か。

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