朝ドラ「エール」の時代設定まとめ 古関裕而の年表も

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NHK連続テレビ小説「エール」の時代設定、主人公の年齢設定などをまとめます。

また、モデル人物である古関裕而の生きた時代、簡単な年表などもまとめます。

明治42年生まれ 昭和の東京五輪までを描く?

「エール」で主に描かれる時代は、少年時代の大正9年(1919年)〜東京オリンピックの昭和39年(1964年)あたりまでとなりそうです。

「エール」の第1回放送は、昭和39年(1964年)の東京オリンピック・開会式のシーンから始まります。

続く第2回放送では、明治42年(1909年)に裕一が生まれたシーンが描かれ、すぐに10年飛んで大正9年(1919年)に。9〜10歳前後となっている裕一の少年時代から本格的に物語がスタートしていきます。

その後、昭和5年(1930年)に裕一が国際作曲コンクールに入賞すると音と出会い上京(21歳前後)。作曲家としての下積み期(昭和初期=20代前半)、軍歌や戦時歌謡を作曲する戦中の時代を経て(20代後半〜30代前半)、充実の活躍期(戦後=30代後半以降)へと向かっていきます。

恐らく第1回で描かれた東京オリンピックの開会式のシーンが、最終回のラストシーンへとつながっていくものと予想します。東京オリンピック開催時、古山裕一は55歳前後ということになります。

明治末期生まれ 昭和に活躍した作曲家・古関裕而

「エール」の主人公・古山裕一は、昭和を代表する作曲家・古関裕而(1909〜1989年)がモデルになっています。

▼参考までに、近年の朝ドラ主人公のモデル人物のうち、古関裕而と時代が近い人々をピックアップしてみました。生まれた年は「まんぷく」の安藤百福とほぼ同じで、「花子とアン」の村岡花子、「マッサン」の亀山政春らとも、おおよそ同時代に活躍をしたことがわかります。

古関裕而・簡単な年表

福島時代

・1909年(明治42年)…福島市「喜多三呉服店」の息子として生まれる
・1916年(大正5年)…福島師範附属小学校に入学 3年次に音楽教育に熱心な遠藤喜美治が担任に
・1922年(大正11年)…旧制福島商業学校に入学 ハーモニカに夢中 父が店をたたみ京染の仲次を開業
・1928年(昭和3年)…川俣銀行に就職 母の実家「ちりめん屋」で居候生活
・1929年(昭和4年)…英国・チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募し上位入賞

東京時代(戦前)

・1930年(昭和5年)…文通相手だった豊橋の女性・内山金子と結婚、上京 日本コロムビア専属作曲家に
・1931年(昭和6年)…早稲田大学応援歌「紺碧の空」を作曲
・1935年(昭和10年)…26歳で「船頭可愛や」が大ヒット
・1936年(昭和11年)…「六甲おろし(大阪タイガースの歌)」を作曲 この頃から戦時歌謡や軍歌を多数作曲
・1938年(昭和13年)…ラジオの国民歌謡「愛國の歌」を発表
・1940年(昭和15年)…福島の盟友・野村俊夫(作詞)、伊藤久男(歌)との共作「暁に祈る」発表

戦後

・1948年(昭和23年)…「栄冠は君に輝く」(夏の全国高等学校野球選手権大会の歌)作曲 歌は伊藤久男
・1949年(昭和24年)…敗戦国日本への鎮魂歌「長崎の鐘」、名曲「イヨマンテの夜」を作曲
・1953年(昭和28年)…大ヒットラジオドラマ「君の名は」の主題歌を手掛ける
・1958年(昭和33年)…紛失楽譜が発見された「オリンピック賛歌」のオーケストラ編曲を担当
・1963年(昭和38年)…「闘魂こめて(巨人軍の歌)」を作曲
・1964年(昭和39年)…東京五輪開会式で「オリンピックマーチ」を披露
・1970年(昭和45年)…慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」を作曲
・1980年(昭和55年)…妻・金子が乳がんにより亡くなる(68歳)
・1988年(昭和63年)…故郷福島に「古関裕而記念館」が完成
・1989年(平成元年)…脳梗塞のため死去(80歳)

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