「VIVANT」ベキ、バトラカ、ピヨが生きている(死んでいない)であろう理由4つ

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TBS系日曜劇場「VIVANT」最終回で、別班の乃木憂助に射殺された(?)「テント」主要幹部のノゴーン・ベキ、バトラカ、ピヨ。

とはいえ、状況証拠的にどう考えても3人は死んでいないと考えられますので、その理由を列挙してみます。

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目次

【事件の流れ】憂助に「射殺」された3人 現場では火災が発生し、煤同然で発見

※この章は事件の流れをまとめただけなので、次の章「死んでいない理由①」まで読み飛ばしても大丈夫です。

バルカの未来のために、日本の警視庁公安部に逮捕されるという交換条件をのんだ「テント」幹部のノゴーン・ベキ(役所広司)、バトラカ(林泰文)、ピヨ(吉原光夫)

善意の目的のためとはいえ多くの人を殺めてきた3人は、これにより日本の警察に拘束され、然るべき罰を受けることになるはずでした。

しかしベキは最初から日本に潜入し、あの時家族を壊した張本人である上原副長官(橋爪功)に復讐を果たすことを企んでいました。妻の明美(高梨臨)が死の間際に放った「絶対に許さない。復讐して」という怨念を晴らす時が、ついにやってきたのです。

「テント」のモニターだった新庄(竜星涼)の手引きを受けて日本の特別留置場から逃亡した3人は、宿敵・上原の自宅を急襲。しかし、ベキがいよいよ上原に手を掛けようかというところで、「別班」の憂助(堺雅人)が上原邸に到着し、ベキ、バトラカ、ピヨの3人を「射殺」しています。

現場となった上原邸は、事件発生後になぜか火災が発生して全焼してしまいます。

警察は乃木卓(ベキ)ら3人が上原邸で灯油をかぶって無理心中を図り、3人の遺体が煤(すす)同然で発見されたいう大嘘の公式発表をし、事件は一応の決着を見せています。

さて、いかにも3人が亡くなったかのような描写が見られたこの事件ですが、きちんと見返せば3人が「死んでいない」可能性が高いことがわかります。以下、その理由を列挙してみます。

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死んでいない理由①憂助が涙を流していない→また急所外し?

別班の任務としてベキ、バトラカ、ピヨを狙撃した憂助。憂助は眼前で倒れて意識が薄れつつある父・ベキを抱きかかえ嗚咽をもらしていますが、その眼からは一滴の涙も流れていませんでした。※補足:憂助は基本的に泣き虫。

それどころか憂助は上原から見えないように真顔に戻り、意識を失ったベキの頸動脈に顔を近づけ、まるで脈拍の有無を確認しているかのような素振りを見せています。※その後に安堵のような表情も?(最終話:開始から1:11:10あたり)。

憂助が急所を外す狙撃を行えることは散々描かれており、またその特技を使ったのでは?と思えてしまいますよね。

死んでいない理由②野崎は「鶏群の一鶴、眼光紙背に徹す」人→なぜか遺体が煤同然に

公安の野崎(阿部寛)はかつて、バルカ行きの飛行機で憂助から「あなたは鶏群の一鶴(けいぐんのいっかく)、眼光紙背に徹す(がんこうしはいにてっす)」という言葉を受け取っています(第7話:開始から25:10あたり)。

「凡庸な人の中で、一人だけ際立って優れた人」「表面だけでなく裏の真意まで理解出来る人」という意味ですね。

この言葉を受けた野崎は、バルカで憂助の裏切りにより「射殺(偽装)」された別班の4人を見て瞬時に死んでいないと判断。「テント」側に生存情報が伝わらないように棺桶に入れた上で日本へと輸送し、4人を助け出しています。

今回の上原邸事件も事後処理に野崎が関わっていると思われ、前回同様の生存隠蔽が行われている可能性があります。憂助が早撃ちで「射殺」をし、その後の事後処理を「眼光紙背に徹す」野崎が行うというまったく同じ展開(お笑い用語でいう「天丼」)です。

3人の遺体が火災で煤同然になった(つまり本人と判別できない)という偽装も、「棺桶」のトリックと意味的には同じであり(=もう死にましたよ、と第三者にアピール)、いかにも野崎が考えそうな隠蔽工作ですよね。

死んでいない理由③憂助「皇天親無く惟徳を是輔く」「花を手向けるのはまだ先にするよ」

別班の任務としてベキ、バトラカ、ピヨの3人による復讐劇を阻止した憂助は、兄弟であるノコルに国際電話をかけています(最終話:開始から1:11:30あたり)。

「ありがとう、兄さん。最後は苦しまなかったか」「墓はバルカに建ててやってほしい」。

そう言って憂助の苦渋の任務をねぎらったノコルですが、憂助は「皇天親無く 惟徳を是輔く(こうてんしんなく、ただとくをこれたすく)」と告げると、「花を手向けるのはまだ先にするよ」とノコルに伝えています。ノコルはこの言葉を聞いた瞬間にハッとした表情を見せています。

「皇天親無く惟徳を是輔く」とは、「天は公平であり、特定の人を贔屓することなく徳行のある者を助ける」という意味。

ノコルやバルカの人たちにとってベキ、バトラカ、ピヨは「徳行のある者」と考えられますので、憂助は徳のある3人を助けたとノコルに暗に伝えているようにも受け取れます。※憂助が突然ことわざや名言を言い出す時は、「ハッキリとは言えないけれど裏の真意を受け取ってね」というメッセージが込められている場合が多い。

その後の「花を手向けるのはまだ先にするよ」という言葉も、それを裏付けているのでしょう。

死んでいない理由④ベキは憂助による「介錯」が必要だった

日本に移送される前に、ベキは復讐劇を実行することをノコルに告げ、それでも憂助に撃たれたら本望だと語っています。

あるいは今のベキにとって、もはや復讐など必要なかったのかも知れません。しかしベキは、妻の明美が死ぬ間際に残した「私達をこんな目に遭わせた奴を、私は絶対に許さない。復讐して」という言葉を生涯抱え込み、この言葉に縛られて生きてきたのです。

「憂助に止められるのなら、明美も許してくれるだろう」

ベキがノコルに話したこの言葉が、ベキの今の心情を的確に表しています。ベキは他でもない愛息の憂助に介錯されることで、明美に許してもらおうと考えたわけですね。

一方の憂助としては、犯罪者である父のベキを形式上、闇に葬る必要がありました。また、母の言葉に縛られ続ける父の人生をどこかで断ち切ってあげたい気持ちもあったかも知れません。

「テント」のリーダーだったノゴーン・ベキは自らの「介錯」によりこの世界から消え、生まれ変わった新生・乃木卓としてもう一度生き直してほしい…。そんな思いが憂助にはあったのではないかと思います。

まとめ

以上、ざっと思い当たる「死んでいない理由」を列挙してみました。

これだけの伏線というか状況証拠をストーリー上にばら撒いているので、ベキたちは死んでないよ、でも表向きは死んだことにしておいてね、という制作者側のメッセージを感じますが、皆さんはいかがでしょうか。

乃木卓はバルカにとって必要な人物であり、憂助の介錯で生まれ変わった乃木卓が今度こそ本当の「緑の魔術師(ノゴーン・ベキ)」としてバルカのために生きるのでは?そんな未来を予感してしまいます。

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