NHK大河ドラマ「花燃ゆ」より。吉田寅次郎(伊勢谷友介)が野山獄中で書き上げた「福堂策(ふくどうさく)」についてまとめます。
「福堂策」は簡単に言うと、寅次郎が考える理想の「獄の在り方」をまとめたものです。この「福堂策」は、寅次郎が野山獄で囚人たちと触れ合う中で完成させた論で、優しさと慈愛に満ちた「人間肯定論」とも言えます。
野山獄の囚人たちの「才能」を発掘
黒船でのアメリカ密航に失敗した寅次郎は、長州藩によって野山獄に入れられてしまいます。「花燃ゆ」でも描かれていますが、寅次郎はそこで出会った囚人たち(皆いつ出獄できるかわからず、生きる希望を失っていた)それぞれに、素晴らしい長所があることを見出します。
ある者は書に優れ、ある者は俳句が得意ー。寅次郎の主導により、獄内ではそれぞれが得意な分野の「先生」になって互いに教え合う、「獄中の勉強会」が開催されるようになります。
必要とされる喜び
この勉強会は単に囚人たちの教養を高めるだけに留まりませんでした。「師匠」「先生」と呼ばれ自身が得意である分野を「弟子」たちに教えているうちに、囚人たちの表情はみるみる明るいものに変貌していったのです。
これは現代社会でもよく論じられる話ですが、人間というのは誰かに必要とされることに大きな充足感を覚える生き物です。野山獄の囚人たちも学びと教えの場を得たことで自己を取り戻し、ただ暗く無為な時間が流れるだけであった野山獄は、幸福な場所に変貌していったのです。
人の長所をしっかり伸ばすー「福堂策」の内容
寅次郎はこうした理論と実践を踏まえ、自身が考えていた牢獄の改革案を「福堂策」としてまとめています。以下、「福堂策・上」から引用します。
人賢愚ありと雖(いえど)も、
各々一、二の才能なきはなし、
湊合して大成する時は必ず全備する所あらん。
是れ亦年来(ねんらい)人を閲して実験する所なり。
人物を棄遺せざるの要術、
是れより外 復(ま)たあることなし。
古い文体なので少々わかりづらいですが、
(意訳)人間には賢愚の差こそあれ、皆優れた才能の一つや二つはある。しっかりとその長所を伸ばしていけば、必ずやその人なりに立派な人物となれるであろう。さまざまな人間と接してきて、これこそが人を見捨てず大切にしていく要術である、そう確信したー。
そんな意味です。
「福堂策」は獄内での囚人による自治、医師の回診、学芸の推奨などを提唱する、当時としては画期的な意見書でした。
「福堂策」が文、伊之助の行動を促す
寅次郎は獄を単なる刑罰を与える場所とは考えず、そこでどうやって過ごせば人間が更正、成長出来るかを考えていました。獄でさえも、その在り方を変えれば人を善に導く「福堂」とすることが出来ると説いたのです。
「花燃ゆ」では寅次郎の考えをまとめた「福堂策」が、文(井上真央)や小田村伊之助(大沢たかお)の心を動かします。二人は寅次郎出獄のために奔走し、ついには出獄を実現させるに至ります。
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