朝ドラ【わろてんか】「ミス・リリコ アンド シロー」命名由来、モデルコンビ

※本ページのリンクには広告が含まれています。

NHK連続テレビ小説「わろてんか」2018年2月2日(金)放送回より。

この日の放送の中で、リリコと四郎のコンビ名が「ミス・リリコ アンド シロー」に決定されました。このコンビ名の命名由来と、モデルになっていると考えられる実在のコンビ芸人「ミスワカナ・玉松一郎」についてまとめます。

スポンサーリンク

目次

隼也による命名「ミスリリコ」

北村笑店上層部の主導により、半ば強引にコンビを組まされたリリコ(広瀬アリス)と川上四郎(松尾諭)。てん(葵わかな)や楓(岡本玲)らは二人のコンビ名を決めるために候補を列挙しますが(リリコ四郎、月とすっぽん、小町とめがね、美女と大仏など)、なかなか決定打となるコンビ名が浮上しません。

そんな中、アメリカ留学から帰ったてんの息子・隼也(成田凌)が「ミス・リリコいうのはどうや」と提案。隼也は、アメリカでミスコンテストが開催され、アメリカ一の美女が選ばれる様子を現地で見て来ており、「日本一のべっぴんさん」であるリリコにその称号を与えてみてはどうかと考えたのです。

当時としてはハイカラなこのネーミングは、てんら女性たちにも好評。これに四郎の名前もくっつけた「ミス・リリコ アンド シロー」という名前が、二人のコンビ名として採用されます。

また隼也の提案により、西洋かぶれが横行する世間へのアンチテーゼも込めて、リリコは着物姿で高座にあがることも決定。二人は試行錯誤の末に独自の「しゃべらん漫才」を確立し、人気漫才師になっていきます。

モデルは「ミスワカナ・玉松一郎」

古い芸能に詳しい方ならば、この「ミス・リリコ」という名前を聞いてピンと来た方も多いことでしょう。「ミス・リリコ アンド シロー」のコンビは、かつて吉本興業で活躍した漫才コンビ「ミスワカナ・玉松一郎」がモデルになっていると考えられます。

ミスワカナ(初代)と玉松一郎は、昭和初期から戦時中に活躍した吉本興業(後に移籍)の夫婦漫才コンビでした。

日本各地の方言を混ぜながらしゃべくりを繰り出すミスワカナに対し、相方の一郎が的確にツッコミを入れつつ、アコーディオンを伴奏。それにあわせてミスワカナが持ち前の歌を交えて舞台を盛り上げる…。吉本で「エンタツ・アチャコ」(キース&アサリのモデル)と時代の人気を二分した、超人気芸人コンビだったのです。

アコーディオン男と気が強い美人漫才師


▲松尾諭が演じているシローの風貌は、往年の玉松一郎の姿にそっくり。着物姿の美人漫才師はリリコそのもの。(画像はwikipediaより転載。パブリックドメイン。)

美人として知られたミスワカナは、決してハンサムとはいえない玉松一郎の風貌を上手く弄って爆笑をとるなどしており、現在も見られる「女性が男性を尻に敷く夫婦漫才」の元祖と言っていい存在です。

ミスワカナは非常に気性が荒く、かつ歌が上手く自由奔放な女性だったそうで、こうした人物像がリリコのキャラクター設定に活かされているようです。

リリコの未来?ミスワカナのエピソード

さて。ミスワカナ・玉松一郎のコンビを巡っては、以下の三つのエピソードが「わろてんか」のストーリーと関わってくるのかが注目されます。

①ミスワカナと玉松一郎は「夫婦」

幼い頃から芸能の世界に身を投じていたミスワカナ(安来節の師匠などに師事していた)は10代の頃、音楽家を志して無声映画の伴奏をしていた玉松一郎と出会い、恋に落ちています。

ミスワカナは許婚が居た身であり、一度は郷里(鳥取?)に戻り結婚をして女児(三崎希於子。後に女性漫才師、吉本新喜劇女優として活躍)をもうけますが、その後大阪に戻り再び芸人としての活動を再開。一郎とミスワカナはその時期にばったりと再会し、恋に燃えた二人は駆け落ちをしてそのまま音曲漫才のコンビを結成しています。

「わろてんか」のリリコと四郎は反発し合っていますが、この後に恋仲となっていくのか、注目です。

②ミスワカナ・玉松一郎の失踪、引き抜き騒動

ミスワカナ・玉松一郎のエピソードとして有名なのが、昭和14年(1939年)に勃発した失踪騒動でしょう。

吉本の看板芸人として活躍していた二人ですが、松竹系列の「新興キネマ」から高額のギャラを提示されると、それに応じて突然失踪してしまうのです。

当時、寄席の世界では確固たる地位を確立していた吉本でしたが、社会的認知度や資本力などは松竹が格上。このような引き抜き行為を許しては吉本の他の芸人たちの大量流出に繋がるとして、吉本は松竹側に対し真っ向からの対決の姿勢を示し(訴訟を展開。暴力的報復もあるのでは?と周囲は恐れおののいた)、札束攻勢をかける気満々に見えた松竹側との間に「全面戦争」が勃発しました。

結局、警察の介入(調停)もあり、ミスワカナ・玉松一郎ら一部芸人の移籍を認めた上で騒動は鎮火。このエピソードは非常にキナ臭い話なので、朝ドラでは触れないかも知れませんね…。

③ミスワカナが「わらわし隊」に参加

日中戦争が始まっていよいよ戦争の時代へと向かって行く中で、吉本興業は戦地に笑いを届ける「わらわし隊」なる慰問団を結成しています。「新興キネマ」による引き抜き騒動の前年の昭和13年(1938年)には、ミスワカナもこの「わらわし隊」に参加。中国戦線へと慰問に向かっています。

昭和16年(1941年)には「わらわし隊」に参加していた女性漫才師の花園愛子が中国国民党軍の急襲により命を落とすという悲しい出来事も起きており、「わろてんか」でこの「わらわし隊」が描かれるのか、リリコが戦地に向かうのか、注目されます。

関連記事
【わろてんか】キースのモデルは横山エンタツ(エンタツ・アチャコ) 「万歳」から「漫才」への革命
【わろてんか】キースの「ロイド眼鏡」の由来 横山エンタツが愛用
【わろてんか】「パーマの機械」元ネタ 横山エンタツの失敗ビジネスがモデル
【わろてんか】丸眼鏡の旅芸人・キース 演じる大野拓朗は「とと姉ちゃん」に出演

スポンサーリンク

スポンサーリンク

シェアお願いします
URLをコピーする
URLをコピーしました!
目次
閉じる