NHK連続テレビ小説「あんぱん」第27回では、嵩が銀座の本屋で井伏鱒二の「厄除け詩集」を手に取る姿が描かれています。
この「厄除け詩集」は井伏鱒二の代表的な詩集の一つ。嵩のモデルであるやなせたかしも、井伏鱒二を愛したことで知られます。
嵩が手にする井伏鱒二「厄除け詩集」
東京高等芸術学校に進学した嵩は、座間先生(山寺宏一)の教えもあり銀座の街をブラつくようになり、高知では知ることが出来なかった新しい世界と出会っていきます。
ある日、銀座の本屋(古本屋?)に入った嵩はふと目についた井伏鱒二(1898-1993)の「厄除け詩集」を手にすることになります。
※同じ本棚の並びには「善の研究」(西田幾多郎)、「浅草紅団」(川端康成)、「女の一生」(モーパッサン)などが並んでおり、なかなか面白い本屋さんのようですね。
名訳「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏鱒二といえば、小説「山椒魚」、「ジョン萬次郎漂流記」(直木賞)、「黒い雨」(野間文芸賞)などを残した、日本を代表する小説家の一人。嵩が東京高等芸術学校に進学した1937年(昭和12年)は、井伏鱒二が「ジョン萬次郎漂流記」で第6回直木賞(1938年)を受賞する前年のことですね。
嵩が手にした井伏鱒二の「厄除け詩集」は、1937年(昭和12年)に野田書房(後に講談社文芸文庫)から出版された詩集。「なだれ」「つくだ煮の小魚」「歳末閑居」「寒夜母を思ふ」といった初期詩篇や、「復愁」「静夜思」「田舎春望」などの漢詩訳などが収められています。
やなせたかしと同時代に活躍した詩人・谷川俊太郎は、井伏鱒二の「厄除け詩集」を「心をくすぐり、心に沁みる、まさにこの時代の厄を祓ってくれる名詩集」と評しています。
この「厄除け詩集」でもっとも知られているのが、唐代の詩人・于武陵の漢詩「勧酒」を名訳した “ハナニアラシノタトヘモアルゾ「サヨナラ」ダケガ人生ダ”(花に嵐のたとえもあるさ、サヨナラだけが人生だ)の一節でしょう。
この「サヨナラだけが人生だ」の解釈には、さまざまなものがありますね。
どんなに美しく咲き誇る花(人生)も必ず散る運命にある(死が待ち受けている)という無常観の表現だとか、人生はただただ別れの連続であるという切なさを語ったものであるとか。この詩から受け取る感情は様々かと思います。
草吉が浪人生の嵩をからかう「さよならだけが人生だ」

実はこの井伏鱒二の「サヨナラだけが人生だ」の一節は、この前週である第5週・第21回で「ヤムさん」こと屋村草吉(阿部サダヲ)が嵩をからかった言葉でもあります。
高智女子師範学校に入学するために、のぶ(今田美桜)が御免与町から高知へと旅立つ朝のこと。
晴れやかに歩くのぶの姿を木材の陰から見守っていた「浪人生」嵩に対し、草吉は茶化すようにこんな言葉をかけています。
草吉「片や新天地へ、片や浪人。みじめだなあ。花に嵐のたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ。」
嵩「さよなら…。頑張って。」
草吉「お前もな!二度と線路で寝るなよ。」
嵩「すいません。」
上京した嵩がこの時の草吉の言葉を覚えていたのかはわかりませんが、嵩は銀座で井伏鱒二の「厄除け詩集」と出会うと、この一冊が愛読書になっていくようです。
後に嵩は召集令状を受け取り九州の小倉連隊に入隊することになりますが、嵩は入隊の際に井伏鱒二の愛読書を持っていくようですね。
谷川俊太郎が「心をくすぐり、心に沁みる、まさにこの時代の厄を祓ってくれる名詩集」と評したように、軍隊生活に馴染めるはずがない嵩にとって井伏鱒二の「厄除け詩集」が心の支えになっていくと予想します。
嵩のモデルであるやなせたかしは、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」、モーリス・メーテルリンクによる童話劇「青い鳥」、それに井伏鱒二、太宰治らに大きな影響を受けたとされます。
第6週・第26回放送では上京したての嵩が辛島健太郎(高橋文哉)と一緒に銀座の映画館で「フランケンシュタイン」を鑑賞するシーンも描かれており、今後もドラマ内でやなせたかしの嗜好を感じさせるシーンが登場しそうです。
▼井伏鱒二の本を持参して入隊することになる「インテリ」の嵩。さっそく古参兵からいじめを受ける嵩を助けるのが、妻夫木聡演じる上等兵・八木信之介です。
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