NHK歴史秘話ヒストリア「ジョン万次郎」まとめ③ 開国を後押し、福沢諭吉らも教育

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この記事は前の記事 → ” NHK歴史秘話ヒストリア「ジョン万次郎」まとめ② アメリカでの経験が万次郎の武器に 坂本龍馬にも影響 ” の続き、NHK「歴史秘話ヒストリア」の内容のまとめです。

アメリカから帰国し琉球上陸後、薩摩、長崎で長期の取り調べを受け、万次郎が故郷土佐に戻ったのは琉球上陸から実に一年半後。ついに万次郎は母親と再会することができました。

万次郎は知識と能力を評価され、土佐藩の学校で英語を教え始めます。その傍ら、人々に海外情勢を伝え、開国の必要性に気がついてもらおうとします。当時、ペリーの黒船が来航していましたが、万次郎自身はこうした動向に関わることが出来ず、悶々とした日々を過ごしていたようです。

さて、ペリーにアメリカ大統領からの親書を突きつけられた時の幕府。親書の内容は漂流民保護、船の燃料・食料補給のための開港を求めるといったもので、回答期限は翌年でした。アメリカの実情を把握していなかった幕府は、この要求によって大混乱に陥ります。

世界を知らない江戸幕府に必要とされた万次郎

そんな折、万次郎の「取り調べ記録」を高く評価していた大名や学者から、万次郎登用の声が上がるようになります。やがて万次郎に江戸出頭命令が下り、幕府に対しアメリカという国の現状を証言することに。ついに「日本を開国させる」というあの日の決意を実行できる時がやってきます。

この時万次郎は、「アメリカ人は鉄砲の扱いに慣れている。しかし刀、槍の稽古はしたことがない」といった兵士の情報、それに「漂流民を鳥や獣と同様にあつかうことをアメリカ人は残念に思っている」こと、「アメリカは我が国とよしみをむすぶのを願っている」ということなどを証言しています。これらの言葉に幕府高官たちは心を動かされ、開国へと傾いたようです。

幕臣に登用された万次郎は、徳川斉昭によりアメリカのスパイだと疑われるなどしましたが、当時の開国への流れは動かず、嘉永7年(1854年)に日米和親条約が締結され、日本が漂流民を保護すること、下田と箱館を開くことなどが取り決められました。

幕末から明治にかけて、万次郎は日本の国際化に尽力します。開成学校(現・東京大学)などで英語を指導し、福沢諭吉や大山巌らを育てるなど、教育者として自身の経験を生かしました。

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