【わろてんか】リリコの「娘義太夫」とは 明治時代のアイドル?

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NHK連続テレビ小説「わろてんか」で、広瀬アリスが演じる芸人・秦野リリコはやがて「娘義太夫」として人気を博し、東京でスターになるとのこと。

この記事では、明治から大正期に現在の女性アイドルのごとく(?)人気を誇ったという「娘義太夫」がどのようなものかをまとめてみたいと思います。

女芸人・秦野リリコ 後に娘義太夫で大スターに

秦野リリコは、藤吉(松坂桃李)がもぐり込んでいる旅芸人一座「福楽座」に幼い頃から所属する女芸人です。

NHKの事前発表によれば、リリコはやがて「娘義太夫(むすめぎだゆう)」として東京で大人気となるのですが、それを投げ捨ててまで、恋するお相手・藤吉のいる大阪へと戻って来てしまいます。

義太夫節、娘義太夫って何

「娘義太夫」とは、文楽や歌舞伎などでおなじみの伝統音楽「義太夫節」が女性によって語られるもので、現在では「女流義太夫(じょりゅうぎだゆう)」などと呼ばれます。

大辞林(三省堂)によれば、

【義太夫節】 

浄瑠璃節の一。初世竹本義太夫が宇治加賀掾(うじかがのじょう)など古浄瑠璃各派の芸風や当代流行の各種音曲を取り入れ、新感覚で統一し、1684年の竹本座旗揚げ公演より語り出したもの。のち門人豊竹若太夫が独立して竹本・豊竹二座に分かれた。大いに流行し、浄瑠璃といえば義太夫節をさすほどに流布した。

何が何やら(笑)。

義太夫節は、語り手である「太夫」と、それを盛り上げる「三味線」の伴奏が一体となり物語を語り聞かせる芸能、「浄瑠璃」の中の一派です。

一般的に男性が語る義太夫節は、人形によって演じられる「人形浄瑠璃」(文楽)の伴奏に用いられたり、人形浄瑠璃の作品がもとになって派生した歌舞伎の「義太夫狂言」の伴奏に用いられるなどしますが、女流義太夫は人形などを用いず単独で行われる「素浄瑠璃(すじょうるり)」が一般的。

それゆえ、女流義太夫ではより語り手に目が集まり、女性ならではの華やかさ、繊細さ、哀愁などが見られると言えるでしょうか。

▼なかなか文章で書いてもわかりづらいと思われますので、実際にYoutubeにあがっている女流義太夫の動画を埋め込んでおきます。聞いていて意味はわからなくとも、右脳が引き込まれます。


▼こちらは、 女流義太夫人間国宝・竹本駒之助師が女流義太夫について説明してくれている動画です。わかりやすいです。


▼人形浄瑠璃「文楽」はこんな感じです。こちらは人形が主役になるんですね。

明治のアイドル?追っかけも

この女流義太夫、昔でいう娘義太夫(女義太夫)ですが、明治維新以降に女性の芸人が寄席出演を法的に認められるようになると、明治中期から大正時代にかけて寄席芸の中でも人気のジャンルになっていきます。

大阪や東京の寄席では娘義太夫のスターが次々に登場し、当時の芸能で歌舞伎と人気を二分するほどの隆盛を誇ったとか。1900年(明治33年)には東京の娘義太夫は1000人を超え、作家の志賀直哉が娘義太夫・豊竹昇之助に、高浜虚子が竹本小土佐にそれぞれ入れあげて自らの日記や文章に思い入れを表現するなど、現代でいう「アイドル」を追いかけるような気持ち(?)で、当時の男性たちは若くて艶やかな娘義太夫に夢中になったようです。

「わろてんか」で女芸人役を広瀬アリスが演じると報じられた時には少々ミスマッチでは?という感じもありましたが、秦野リリコが美貌を持つ娘義太夫になる役どころとわかり、妙に納得。

追記:10月16日(月)放送回では、リリコ(芸名は凛々子)が舞台で義太夫を演じ、男たちが群がる様子が描かれました。熱唱の後に(わざと)かんざしを落とし、それに観客の男どもが熱狂的に群がるという、かつての娘義太夫の人気ぶりが再現されました。

※東京・上野の演芸場「お江戸上野広小路亭」では、定期的(偶数月の1日、2日の夜)に「じょぎ(女流義太夫)」の演奏会が行われています。

▼一方、明治24年には浅草凌雲閣(通称十二階)で日本初のミスコンテスト「百美人」が開催。楼閣内に当時の有名芸妓100人の写真が飾られて登楼者による投票が行なわれ、美人選抜が行なわれました。現代のアイドルファンと何ら変わらない、明治のご先祖様たち…笑。

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