NHK連続テレビ小説「あさが来た」第13週(2015年12月21日〜)では、五代友厚と白岡あさがウイスキーを飲み交わす場面が描かれます。
この記事では、物語当時のウイスキー事情、それに昨年話題になった「マッサン」の時代との比較などをまとめます。
ウイスキーを飲み交わす五代とあさ
第13週では、五代友厚(ディーン・フジオカ)の薦めによりあさが東京で見聞を広めることになるのですが、その最中に五代の盟友・大久保利通(柏原収史)が暗殺されるという痛ましい事件が起こります。
五代はその直前、イギリスで買って来たという「とっておきのウイスキー」を大久保と飲み交わし、日本の将来を熱く語っていました。大久保の死を知り五代を気遣ったあさ(波瑠)は、朝まで五代とウイスキーを飲み交わし、「心の友」を買って出ることになります。
大久保利通の暗殺事件が起きたのは、1878年(明治11年)のこと。以下、簡単に当時の日本のウイスキー事情をまとめてみます。
日本にウイスキーがやってきたのは幕末
日本に初めてウイスキーがやってきたのは、幕末のペリー来航の時だとされます。その後、日本国内に外国人居留地が出来ると、次第に外国人向けにウイスキーの輸入がされるようになります。
日本人向けに(といっても手に入れられる人は限られますが)ウイスキーが輸入され始めたのは、1871年(明治3年)頃のこと。横浜のカルノー商会が輸入した「猫印ウヰスキー」が最初とされます。
マッサンの時代は50年も後!
朝ドラファンならば気になるのが、同じくウイスキーが登場した「マッサン」の時代との時代比較、時間差です。
マッサンのモデルである竹鶴政孝がスコットランドに留学したのは、1918年(大正7年)。その後、寿屋(現在のサントリー。ドラマでは鴨居商店)に入社し山崎蒸溜所で最初のウイスキー「サントリー白札」を発売させたのが1929年(昭和4年)のことですから、五代とあさがウイスキーを飲み交わしたシーンからは実に50年近くの年月が過ぎていることになります。
「マッサン以前」である明治期の日本では、薬種問屋が製造していた「模造ウイスキー」が国産品として出回っていたとのこと。それらとは違う、本場の「スモーキーフレーバー」薫るウイスキーを、五代、大久保、あさは飲んだわけです。