【エール】ベルトーマス羽生(広岡由里子) モデル人物は声楽家・ベルトラメリ能子か?

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NHK連続テレビ小説「エール」第19週に登場する音の音楽の先生・ベルトーマス羽生(べるとーます・はにゅう)についてまとめます。

ベルトーマス羽生は、音のモデル人物・古関金子が師事した声楽家・ベルトラメリ能子(べるとらめり・よしこ)がキャラクターモチーフである可能性があります。

御手洗の友人・ベルトーマス羽生

戦時中の作曲活動に深い後悔を覚え、作曲が出来なくなってしまった裕一(窪田正孝)。そんな裕一のことを心配した音(二階堂ふみ)は、自らが音楽活動を再開させることで、もう一度裕一に音楽の楽しさを思い出してもらおうと考えます。

さっそく音は、喫茶バンブーの常連客で歌の先生だという女性・ベルトーマス羽生(広岡由里子)を紹介してもらい、歌のレッスンを再開します。

ベルトーマス羽生は、綺羅びやかな洋服に黒いハットをかぶるなど、戦後当時としては日本人離れしたハイカラな女性。

レッスン初日にはミュージックティーチャー・御手洗(古川雄大)がベルトーマス羽生の親友であることが判明し、音は御手洗と嬉しい再会を果たすなど、音の「戦後」の時間は少しずつ動き始めます。

▼3年前のツイートになりますが、ベルトーマス羽生を演じる広岡由里子(中央)と、小山田耕三を演じる志村けん(左)との「エール」コンビの写真(右は岸本加世子)。奇しくも二人はこの3年後に同じ音楽家として「エール」に出演することに。女優・広岡由里子といえば、朝ドラ「半分、青い。」のブッチャーの母・ 西園寺富子役でおなじみです。

声楽家・ベルトラメリ能子がモデルか?

ベルトーマス羽生は、名前や人物設定などから古関金子(音のモデル人物)が帝国音楽学校時代に師事した声楽家・ソプラノ歌手のベルトラメリ能子(べるとらめり・よしこ)がモデルではないかと予想します。

ベルトラメリ能子は、1903年(明治36年)茨城県生まれ。8歳から東京で育ち声楽を志すと、現在の東京藝術大学にあたる東京音楽学校を卒業。小学校で教師をしながら山田耕筰(小山田耕三のモデル人物)に師事しています。

イタリア出身の声楽家・アドルフォ・サルコリに師事していた時にはオペラ歌手・三浦環(双浦環のモデル人物)の妹弟子という立場でもあったそうです。

1922年(大正11年)にはイタリアに留学し、より高いレベルでオペラの真髄を学んでいます。この頃、イタリアの詩人・アントニオ・ベルトラメリと出会うと1928年(昭和3年)には熱愛の末に結婚。しかしその2年後には夫と死別をしています。

1931年(昭和6年)には傷心を抱えて日本に一時帰国をし、日本コロンビアの専属歌手として独唱会を開くなどの活動を行っています。※日本コロンビアは古関裕而が専属契約をしていたレコード会社。

ベルトラメリ能子が夫を亡くした時期に金子が師事

古関金子が夫の裕而と結婚・上京をした後に帝国音楽学校の声楽科に編入したのは、1931年(昭和6年)のこと。

そこで金子はベルトラメリ能子に「一番弟子」として師事し、声楽のイロハを学んだとされます(その後、金子は子育てに専念するために中退)。ちょうどベルトラメリ能子が愛する夫を亡くして一時帰国をしていた頃に、金子は彼女のもとで学んだということになりますね。

ベルトラメリ能子は1932年(昭和7年)に再びイタリアに渡ると3年後に再帰国。帰国後は自らが学んできた唱法、音楽知識を若者たちに伝える教育活動に尽力し、国立音楽大学の教授としても活躍。1973年(昭和48年)に70歳で亡くなっています。

「ベルトーマス」は本名 夫の名前か

「エール」で音とベルトーマス羽生が出会うのは戦後のことであり、金子とベルトラメリ能子との出会い(昭和6年)とはだいぶ時代設定が異なります。

NHKによれば、ベルトーマスというのは彼女の本名とのこと。モデル人物と同様に、夫と思われる「ベルトーマス」氏との悲恋(死別?)の思い出を抱えているのではないかと予想します。

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