NHK連続テレビ小説「虎に翼」で描かれる世紀の大汚職事件・共亜事件(きょうあじけん)。この事件により寅子の父・直言は贈賄の容疑で拘束され、長期にわたり勾留されることになります。
事件の内容から、昭和の大疑獄事件として知られる帝人事件(ていじんじけん)がモデルになっていると思われますので、類似性などをご紹介します。
【虎に翼】直言にまさかの贈賄容疑 共亜事件とは
共亜事件が描かれるのは第4週の終盤以降のこと。
1935年(昭和10年)。明律大学の学生として充実した生活を送っていた寅子(伊藤沙莉)でしたが、突然自宅に押し寄せた検察官・日和田(堀部圭亮)たちの発する言葉に衝撃を受けることになります。
「帝都銀行経理第一課長・猪爪直言を贈賄の容疑で勾留した。家宅捜索の令状だ。」
父の直言(岡部たかし)が絡んだとされるこの事件は、政財界を巻き込んだ大汚職事件・共亜事件へと発展していきます。
共亜事件は、共亜紡績の株価が高騰するとわかった上で不正に株式の取引が行われ、その利益が政財界の要人にばらまかれたというもの。贈収賄の疑いにより共亜紡績の重役、大蔵省の官僚、現役大臣など計16人が逮捕されています。
直言が働く帝都銀行は共亜株の取引実務を担っており、共謀して賄賂を贈ったとされた経理第一課長の直言、それに高井理事(小須田康人)ら帝都銀行関係者も16人の逮捕者に含まれています。
この事件で現職大臣が逮捕されたことを受けて藤倉内閣が総辞職するなど、世間やマスコミは大騒ぎに。直言は長期の勾留の末に自白をしてしまい、贈収賄で起訴されることになります。
本当に直言は事件に関与したのか。誰かに自白を強要されたのではないのか…。直言の弁護人を引き受けてくれた穂高教授(小林薫)の指示を受けた寅子は、膨大な予審記録や調書を調べて直言の無実の証拠を探し始めることになります。
その一方で、帝都新聞の記者・竹中(高橋努)は内閣を総辞職させたい検察畑出身の貴族院議員・水沼淳三郎(森次晃嗣)が事件に絡んでいるのではないかと推測。寅子に対し、危険なのであまり首を突っ込むなと警告をし…。
【史実モデル】昭和の大汚職事件・帝人事件 齋藤内閣総辞職
「虎に翼」で描かれる共亜事件は基本的にはフィクションの出来事ですが、昭和に起きた大汚職事件・帝人事件(ていじんじけん)がモデルになっている可能性があります。
1934年(昭和9年)に発生した帝人事件は、帝国人造絹絲株式会社(現在の帝人)の株式をめぐる贈収賄疑惑事件(疑獄事件)です。
株価が上昇するとわかっている状態の帝人株を財界グループ「番町会」の河合良成らが入手したことを発端に、この取引に関して中島久万吉商工相ら現職大臣も関与した不正があったのではないかという声が浮上。
この疑惑が大きな汚職事件として追求されると、帝人の首脳陣、大蔵省の高級官僚、三土忠造鉄相、中島久万吉商工相、それに取引を扱っていた台湾銀行の頭取や理事ら16人が背任罪・贈賄罪などで起訴されています。
この事件により政府批判が高まると、時の齋藤内閣(第30代内閣総理大臣・齋藤実)は総辞職に追い込まれています。
【参考】ドラマと史実 事件の比較、類似性
・(ドラマ)1935年に発生→(史実)1934年に発生
・(ドラマ)帝都銀行が関与→(史実)台湾銀行が関与
・(ドラマ)共亜紡績の株→(史実)帝国人造絹絲の株
・(ドラマ)逮捕者16人→(史実)逮捕者16人
・(ドラマ)藤倉内閣が総辞職→(史実)齋藤内閣が総辞職
・(ドラマ)倒閣の首謀者?貴族院議員・水沼淳三郎→(史実)倒閣の首謀者?枢密院副議長・平沼騏一郎
昭和史に残る帝人事件。逮捕者の勾留期間は200日に及ぶなど事件は長期化する様相を見せましたが、結局贈収賄にあたると思われる証拠は一切見つからず。最終的に16人全員の無罪が確定しています。
この冤罪事件の背景には、齋藤内閣を倒閣しようと考えた枢密院副議長・平沼騏一郎のでっち上げがあったのではないかというのが現在の有力な説になっています。
※帝人事件の第一審裁判を担当したのが、「虎に翼」の桂場等一郎(松山ケンイチ)のモデルになっている裁判官・石田和外(いしだ・かずと)でした。
石田和外は左陪席裁判官として裁判に携わると、帝人事件が無実であることを強調する「水中に月影を掬するが如し」という名文句を用い、無罪判決を言い渡しています。
「虎に翼」でも桂場が共亜事件の判事となり名判決文を読み上げる展開が予想されます。
【史実モデル】三淵嘉子の父は事件に関与した?→台湾銀行を退職済み
「虎に翼」の猪爪直言のモデルになっている三淵嘉子の父・三淵貞雄は、もともとは帝人事件に関わった(巻き込まれた)台湾銀行に勤めていました。
しかし貞雄は帝大出のエリートで海外赴任経験者だったため人材として引く手あまただったようで、帝人事件が発生した1934年(昭和9年)の時点ではすでに台湾銀行を退職し、高待遇で「石原産業海運」の顧問に転職をしていたようです。
参考までに、帝人事件で起訴された16人に含まれた台湾銀行関係者は以下の通り。三淵貞雄の名前はありません。
★帝人事件で起訴された台湾銀行関係者
▷台湾銀行頭取・島田茂
▷台湾銀行理事・柳田直吉
▷台湾銀行第一課長・越藤恒吉
「虎に翼」では共亜事件により帝国銀行の高井理事と経理第一課長の猪爪直言が逮捕されており、史実で起訴された関係者の肩書きと重なりますね。
ただし三淵嘉子の父・三淵貞雄(直言のモデル)は事件当時すでに台湾銀行を退職しており、一連の事件にその名は登場していません。※三淵嘉子関連の書籍にも父が帝人事件に関与したという描写は出てきません。
「虎に翼」で描かれる父親の逮捕劇は、あくまでドラマ上のフィクションのストーリーと考えられます。